HOMEデータベース INDEX > 「あやとり」 の 本 質
  科学的アプローチ
  • 野田 さとみ (2009a) 「手指の運動を伴う遊びが覚醒水準に与える影響について」 名古屋女子大学 紀要 55(人・社)125-133  [論文PDF は こちら
  • 野田 さとみ、 佐久間春夫 (2009b) 「手指の運動を伴う遊びにおける脳波・自律神経機能指標および心理的覚醒度・快感度の変化」 奈良女子大学スポーツ科学研究,11:21-27  [論文PDF は こちら

    〜 「あやとりする人の生理・心理状態はどのように変化しているのか?」を解明する研究論文2本。 実験方法やデータ分析については、門外漢の筆者にはコメントする資格はありません。 ただ、その所見については、日頃あやとりに親しんでいる者として、いろいろ思い当たるところがあります。

    「手指の運動として既知のあやとり遊びを繰り返し行なうことは、覚醒水準を大きく上昇させるのではなく、「気が重い」「無気力」といった覚醒度は低いが不快の気分を解消することにつながることが示唆された」(2009a)。
     これは、暇つぶし・気晴らしにあやとりをした時の心理状態の説明として、よくわかります。

    「被験者は難しいあやとり課題より簡単なあやとり課題のほうがうまくできたという満足感を持っているが、逆に難しいあやとり課題のほうが集中していたと感じていたことが示された」(2009b)。
     難しいあやとりでは、でき上がってもそれはどうにかこうにか最後までたどり着いたという感じで、まだ自分の手の内に完全に入っていない。 一方、簡単なあやとりの場合は、自分の思いままに作り上げたと感じられる。 その違いがこの結果に表われているのかもしれません。
     それはともかく、初心者から熟練者までそれぞれのレベルで、マスターした時には満足感を得られます。 しかし、一度マスターしてしまうと、そのあやとりをくり返すうちに、その快感は薄れ、上記の気晴らし状態に移行することになるのでしょう。
     自分一人で一つのことを成し遂げれば、それがたとえあやとりのようなささやかなことであっても、子どもたちにとっては自分に自信の持てる大きな体験となります。 達成感というものを味わうには集中力と忍耐力が必要であることを、誰に教わるのでもなく、一人一人が楽しみながら自然と身につける。 ISFA海外会員には、そのような意図で、一つのことに集中できない子どもたちにあやとりを教えている人たちもいます。

    「活動の質としては知的課題の中でも空間的な要素を持つ活動と類似していることが示唆された」(2009b)。
     この結果は、アラスカ地方で唄を伴うあやとりの調査をしたある民族音楽研究者の見解に通じるものがあります。 その研究者は、当地の先住民の伝承あやとりの多くがたいへん難しい取り方をすることを指摘した上で、次のように述べています: 「このようなあやとりが 子どもたちの類まれな空間認識能力(spatial and directional orientation skills)を強化するのに役立っている」(*)。 特徴のない景色の続くツンドラ地帯、果てしなく広がる氷海、そのような生命の危険が絶えず付きまとう環境世界で、長老たちの伝統的なやり方に導かれて、子どもたちは卓越した方向感覚と定位能力を身につけます。 あやとりでは、視覚系と連動して手指を巧みに扱う能力を求められます。 視覚系には変化するあやとりパターンだけでなく、子どもが最初に発見する自分の身体の部位である手指の動きの情報も合わせて入力されるので、潜在的な知覚能力と手指の操作能力の高度な機能的発達を促し、空間認識能力を強化するのに役立っていると考えているようです。

    日本では、江戸期から今日まで連綿と受け継がれてきたあやとりのメイン・レパートリーは「二人あやとり」です。 「二人あやとり」には、どのように糸を取り上げるかという知的な脳の働きだけでなく、遊び相手との間にさまざまな感情の交流も生じます。 このような情緒的な心理状態も科学的に深いレベルまで解明される日が来るのでしょうか。 今後のさらなる研究に期待したいと思います。

    (*) Johnston, T. F., M. Nicolai, K. Nagozruk (1979) "Illeagosiik! Eskimo String-Figure Games." Music Educators Journal, vol.65 no.7 pp.54-61 Mar. 1979

(Ys 10/31/2009)

  • 野田 さとみ (2010b) 「「あやとり」「折り紙」における自律神経機能及び心理的変化について 」 奈良女子大学人間文化研究科年報 25, 183-191, 2010-03-31  [論文PDF は こちら

  • 野田 さとみ、 佐久間春夫 (2010c) 「「あやとり」「折り紙」の学習過程における脳波及び心理的変化 」 バイオフィードバック研究, 37(1) : 29-36, 2010/04. 日本バイオフィードバック学会  [論文(有料)は こちら あるいは こちら

    〜 
    「本研究の目的は、手指の運動を伴う遊びである「あやとり」と、類似する遊びである「折り紙」を行なっている際の自律神経機能および心理的変化を測定し、それらを比較することによって「あやとり」の特徴をより深く捉える事であった」(2010b)。


    限られた測定データから素人受けする明解な結果が出るわけではありません。 安直な脳トレブームの時代に、このような基礎的な研究が積み重ねられることに大きな意義があると思います。 (Ys 12/31/2010)

 

  • 野田 さとみ (2012) 「あやとりの形象変化に伴う脳内活動について―近赤外分光法の結果から―」
    名古屋女子大学 紀要 58(人・社)179-185  [論文PDF は こちら

    〜 
    「あやとりの課題内容、特に形象変化に注目し、NIRSを指標として前頭部・中心部の活動性の変化を検証することを試みた。糸を操作し形を変化させながら最後にある形を作る、常に変形させながらどこまでも作っていく遊びといったパターンの異なる2つの課題について、1人で行なうパターンに加え、形象を変化させていく動作を2人で行なった場合について、あやとりの形象の変化と認知過程との関連を明らかにすることを目的とした。」 

  • 野田 さとみ (2010a) 「あやとり」に関する調査研究--保育者養成課程学生におけるアンケート結果から」 名古屋女子大学 紀要 56(人・社), 179-185, 2010-03  [論文PDF は こちら

    〜 本邦初の本格的な「あやとり」遊びの特徴についての調査研究。 子どもたちにあやとりを伝えよう/教えようとしている皆さんには是非ご覧いただきたい充実した内容になっています。

    「手指の運動を伴う遊びである「あやとり」を次世代に伝承していくことのみではなく、教育や健康増進で利用する可能性を考える上で、基礎研究を行っていくことは意味のあることと考える。 そこで本研究では「あやとり」遊びの特徴について、この遊びを伝えていく役割を担っていると考えられる保育者を目指して学んでいる学生を対象にアンケート調査をすることにより、明らかにすることを目的とした。(p.180)」

    アンケートの質問・回答の詳細については論文を見ていただくとして、最も印象に残ったのは、「あやとり」で育つ力についての回答である。 「指先を使う器用さ」、「考える力」についで3位となったのが「イメージする力」であり、「集中力」や「記憶力」を上回っています。

    これについて著者は
    「...単純な形から何かを「イメージする力」が育つのではないかという意見が得られた。これは、「あやとり」遊びが手指を動かし手順を覚えるだけではなく、抽象的な形から様々なものを想像する芸術的な要素を有しており、文化として伝承されてきた意味を強く持っていることを示しているといえよう (p.184)」、「...指の操作能力、手順を覚える理解力・記憶力に加え、抽象的な形からイメージを膨らませる芸術的な要素も有している遊びであると学生たちが考ええいることが示された。このような文化を、伝承する役割を大きく担っている保育者が広く理解すると共に、幼児のみでなく幅広い年齢層に対してもより広く利用する方法を思索することが課題となる (p.185)」 と述べています。

    糸が交差しているだけの形が何か意味のあるものに見えてしまう不思議、それはあやとりが人間に及ぼす根源の働き−イメージ喚起力−のうちにあると思います。 この不思議について、文学の世界では カート・ヴォネガットが
    『猫のゆりかご』 の導入部で触れていますが、科学の世界ではどの程度 解明が進んでいるのでしょうか。 それはともかく、アンケートの結果ではかなり多くの回答者がこの問題に気付いていたことがわかりました。

    同じ形にさまざまな呼び名のあること。 たとえば、ひし形4つが並ぶ形には、「はしご」のほかにもさまざまな呼び名があります(
    「はしご」)。 それは、このあやとりを伝承してきた人々の環境世界(外的・内的)を反映したさまざまな‘見立て’の結果と言えるものです。 「はしご」パターンの場合、それほど奇異な感じを受ける(=理解不能の)名称はありません。 しかし、世界各地には、なぜその呼び名が付いているのか分からないあやとりもあります。 それは多くの場合、そのあやとりが伝承されている社会の自然、文化や、社会に属する人々が共有する世界観などを調べることで理解できるようになります。

    しかし、呼び名の由来や、あやとりの形のどの部分が何を表しているかの説明が付いていても、私たちには理解できないあやとりもあります。 それは特にオーストラリア先住民のあやとりに数多く見られるのですが、彼・彼女らのパターン認識とその視覚系情報の意味付けに関わる脳の働きが私たちの場合とは少し異なるのではないかとさえ思われます。 また、あやとりパターンが引き起こす「イメージする力」には、大昔の人々が岩壁画に幾何学文様を描いた動機とも深く関係していると思われます。 このあたりのことは未知の領域として残されているのではないでしょうか。

    話変わって、日本・海外のあやとり本には、そのあやとりの由来を無視して、子ども向けのお話や唄が付いていることがあります。 そのような演出が幼い子どもたちを喜ばせることもありましょう。 しかし、そのような試みは、そのあやとりを見ている子どもたちの自由なイマジネーションの広がりを制限することになりかねません。 想像力の生み出すものの多くは‘妄想’である−だから、子どもたちの自由奔放な発想を一定の枠にはめて常識人を育てる; それが「教育」なのでしょう。 しかし、幼い子にあやとりの見方まで押し付けるのはいかがなものか。 つまらないお話や唄のおかげで、あやとりそのものに興味を失う子どももいるでしょう。 それはあやとりとの出会いとしては不幸なことではないでしょうか。 出来上がったあやとりを見せて、「何に見える?」と問いかけ、子どもたちそれぞれの発想を引き出すべきではないのか (
    トピックス 077)。 この調査研究をきっかけに、このテーマについても保育、幼児教育関係の仕事を目指している学生さんに考えていただければと思います。

    なお、
    「幼児のみでなく幅広い年齢層に対してもより広く利用する方法」としては、小学6年くらいから、「異文化理解」の一つの入口として、世界各地の「はしご」の呼び名の由来を調べたり、イヌイットや太平洋諸島民の物語や言い伝えを伴う、幼児には作れない難しい取り方のあやとりを教えることも一案ではないでしょうか。

(Ys 12/31/2010) 

  • 〔追記〕 ある幼稚園での「あやとり」遊びの様子を、ISFA会員の方からご報告いただきました → トピックス 167 168

Last updated 03/31/2011