Last updated: 2020/12/19

あやとりトピックス 101-110

パラグライダーの競技種目 2004/11/27

パラシュートとグライダーを組み合わせたパラグライダーは、大空を滑空するアウトドアスポーツです。このパラグライダーの競技に「キャッツクレイドル cat's cradle」というのがあります。

前もって設定された地上の目標物 (パイロン pylon) を辿りながら、最も長い距離を飛ぶことを競う種目だそうです。このネーミングは、パイロンをつなぐその航跡が「あやとり」の模様を思わせるからでしょう。

さて、中央アフリカに「ヒュッテの骨組み」というあやとりがあります。伝承あやとり「ほうき」にも似たもので、著者は “逆さにしてみると、「パラシュート」です” と記しています(*)。「グライダー」も、そのものずばりのあやとりは見当たりません。「飛行機」であれば、伝承の「鉄橋—カメ—ゴム—飛行機」などがあります。

いずれにしても、「パラグライダー」のあやとりはまだ誰も作っていないようです。「ほうき」や「カモメ」を参考にして新しいデザインを考えてみてはいかがでしょうか。

(*) 野口広 (1973)『あやとり』河出書房新社:pp.52-53
注:この「ヒュッテ hut」は「山小屋」ではなく、ある種の植物で作った「仮小屋」のことです — Haddon, K. (1912) Cat's Cradles from Many Lands
TS

映画『風の絨毯』(イランのあやとり) 2004/10/04

今回は「あやとり」がちらっと出てくる映画を紹介します。

伝統ある飛騨高山の祭り。その山車を飾る一枚のペルシャ絨毯をめぐる、イランの少年と日本の少女の心の交流を描く、日本とイランによる初めての合作映画『風の絨毯』(*1)です。ベルリン・カナダ・カイロ・ソウルの映画祭でグランプリに選ばれました。

ストーリー自体はシンプルなものですが、飛騨高山とイスファハン (世界遺産の町) の美しい風景を織り込みながら、二つの国の文化と人情を心暖まるタッチで描いていて、楽しく見ることができました。実際に、絨毯を編んでいくシーンも面白いです。

さて、「あやとり」ですが、父とともにイスファハンを訪れた少女が、この町の少年や少女と「二人あやとり」をするシーンがあります。母の死で心を閉ざした少女が、異国の地でいろいろな体験をして、周囲の人々との距離が近づいていくことの表現となっています。

なお、主役の少女を演じた柳生美結さんは、TVのインタビュー取材でイランにもジャンケンやあやとりがあることを話しています(*2)。イランにはどのような綾取りがあるのでしょうか。ご存知の方がおられましたら、どうぞ情報をお寄せ下さい。

(*1) 風の絨毯:イラン・日本合作 (2002) 監督:カマル・タブリーズィー、出演:柳生美結、ファルボット・アフマジュー、榎木孝明、三國連太郎、レザ・キアニアン、工藤夕貴、ほか
(*2) 《ABC WEBNEWS - NEWS ゆう》のページにある「特集を検索」、内容:「柳生美結」と入力して[検索]をクリック。リンク先は存在しません
TS

〔追記 2006/12/01

読者の方からのメールです:

私は自転車でシルクロードの旅をしている者です。昨年の5月、イランのケルマーンの孤児院を訪ねました。そのときに子どもとの交流会であやとりを披露しましたところ、子どもたちも私がやった一人あやとりを知っていました。その時「もしやあやとり遊びもシルクロードを経て伝えられた遊び文化なのか」と思いをめぐらしました。

その時に子ども達とあやとり遊びをしている写真を仲間に撮影してもらったものがあります。

11/27 (T.I.)

中近東のあやとりについての本格的な調査記録は知られていません。重な情報と写真をありがとうございました。

TS & Ys

中国のあやとり本 2004/09/20

この夏、しばらく北京に滞在する機会がありました。限られた時間のなかで、広大な中国のあやとり事情など分かるはずもないのですが、そこでのささやかな体験談です。

あやとりのことを聞くには言葉の問題もあり、書店で本を探すことにしました。入った書店はどの階も混雑していました。児童書のところでは座る場所が設けられていましたが、そこからあふれた多くの子供や親が床に直接座り込んで本を読んでいました。折紙や切り絵の本は数多くあるのですが、あやとり本はなかなか見つかりません。見慣れぬタイトルの文字にとまどいながら、ようやく数冊の「あやとり」の本を発見しました。

(1)
(2)
(3)

王府井の南の入り口付近 (1) から少し北に入ったところ、マクドナルド (2:上階は北京工芸美術服務部—中国の工芸品のデパート) と通りを隔てたところに「王府井書店」があります (3:手前の建物)。その2階の児童書コーナーに、5冊の本がありました。

(A)『我的手工遊戯系園 翻縄遊戯』(2003)
(B)『翻縄遊戯 1,2』(2001)
(C)『百変綳綳線』(2003)
(D)『世界経典 縄結智力遊戯』(2004)

(A,B,C) は表紙から想像できるように、子ども向けの内容です。(A,B) は幼児向けのデザイン、(C) はアニメ本のようなイラストです。書誌の項には、「学前教育—教育参考資料」(A)、「智力遊戯」(C,D) とあり、あやとりは ‘頭がよくなる遊び’ と考えられているようです。いずれも、ここ数年の刊行であり、中国では「あやとり」への関心が高まっているのかもしれません。

収録されているあやとりには中国語での名称が付いています。それで、中国独自のあやとりかと思いましたが、実際は日本のあやとり本にある日本や諸外国のあやとりでした。よく見れば「J型基本結構—Jの構え」(B) や、「富士山」(A) もあり、原本は日本のあやとり本のような気もします。また (D) は「青年読物」とあり、ちょっと秘密めいた経典のような作りですが、取り方のイラストはなく、出来上がりの写真と言葉だけの説明です。どこかで見たようなと思えば、アメリカ人会員のあやとりサイトのページを翻訳しただけのものでした (サイト管理者の許諾を得た出版か、海賊本かは未確認)。

さて、中国語では「あやとり」をどのように表現するのでしょうか。簡体字ということもあって、馴染みの漢字ではありませんので少しとまどいます。辞書で調べますと、「翻縄 (fan sheng)」(A,B) の「翻」は「ひっくり返す、変える」、「縄」は「糸」。これが本来の「あやとり」を指すのによく使われる言葉のようです。「綳綳線 (beng xian)」(C) は、「しつけ糸を張る」こと、あるいは「糸をぴんぴん張る」ことの意味があります。その糸の形が「百変」するのが「あやとり」ということなのでしょうか。「縄結 (sheng jie)」(D) は「結び」のことです。中国は装飾的な結びの文化でも有名ですから、あやとりもその仲間に入るのかもしれません。他には、「翻花 (fan hua)」という言葉もあります (「日中辞典」、小学館)。花には「模様」という意味がありますから、‘次々と「模様」を変えていく’ ことを表しているのでしょう。以上の解釈には誤りがあるかもしれません。中国語の知識のある方のご教示をお願いします。

もっと時間があれば、図書館で探したり、現地の人に問い合わせたりできたのにと思います。中国には、「チベットの「日の出」などの伝承あやとりや、「長老の椅子」のような創作も存在するわけですから、そのような固有のあやとりを紹介した本が見たいものです。読者の中に、そのような本をご存知の方がおられましたらどうぞお知らせください。

TS

平安時代に「あやとり」はあったのか? -1 2004/09/11

あやとり関連の本や百科事典を見ていると、〈あやとりは平安時代からあった遊び〉という記述をよく目にします。たとえば、近年の遊戯史研究の集大成、『童遊文化史』には、「わが国における綾取り遊びの創始についても確証的論拠はなく、その時代的断定は無理である。一般的には平安朝ごろというのが通説と思われる」(*1)とあります。しかし、ISFA会員の調査では、あやとりについての最古の日本語文献は、江戸前期の俳諧書であり、それ以前の文字・画像資料は発見されていません ⇒ 最古 (?) の文献資料

この通説の発信源は、小高吉三郎『日本の遊戯』のようです。1943年に刊行されたこの本の「あやとり」の項には「これといふ考證もないが、恐らく平安朝時代から行はれてゐたものではないかと考えられる」(*2)との記述があります。この著作は遊戯史考証、すなわち遊戯の起源を文献に基づいて実証的に解明することを目的にしています。そのような書に、“これといふ考證もないが (≒何の証拠もないけれど)” というフレーズは禁句ではないでしょうか。著者の憶測がそのまま百科事典にも掲載され、通説として流布したようです。

1970年代に、この〈平安朝時代から行はれていた〉説に疑問を投げかけている方もおられました(*3))。しかし、そのまま新しい展開を見ることもなく今日に至っています。小高の憶測は今もなお多くの人々に通説として受け入れられ、あやとりの遊戯史考証のパロディ (「あやとり--両手に広げる果てしない宇宙」) をパロディと見抜けずに ‘史実’ として受け止めてしまう素地ともなっています ⇒ 『月刊REC』のあやとり記事

〈平安朝時代から行はれていた〉説が提唱されたり、それがそのまま通用している背景には何があるのでしょうか。そのあたりを少し探ってみると、二つの事情が見えてきました。今回は、その一つについて記しておきます。

綾取りの起源の研究に大きな影響力を与えたのは、柳田國男の見解であると思われます。柳田は、1939年刊行の著書で “子供の遊びは成人の神ごとの零落したものである” と述べた後、「嘗て[筆者注:かって]ハッドン博士[世界の綾取り研究の先駆者、ケンブリッジ大学教授]が「人間研究」の中に説いたように、独楽[こま]でも紙鳶[いか=凧 たこ]でも又綾取でも、今なほ、是を大人の真面目な行事[儀式]として居る国もあるのだから、遠く捜せば昔の因縁は判って来るかも知れない。…」(*4)とその考え方を明らかにしています。言い換えれば、“「あやとり」の場合も、〈子どもの伝承遊びは、昔の神事や宮中の行事に由来する〉という民俗学の ‘常識’ の線で調べて行けば、その起源は明らかになるであろう” ということです。

柳田は民俗学界のカリスマ的存在であり、彼の見解はアマチュアの研究者には一種の ‘ご託宣’ として受け取られたようでもあります。小高が根拠なき〈平安朝時代から行はれていた〉説を唱えた背景には、この見解があるように思えます。小高に限らず、あやとりの起源を調べようとした人は、結局、この柳田の見解に行きつき、それで納得していたのではないでしょうか — 江戸期以降女の子の遊びとなった「ひな祭り」や「はねつき」は古代の神事や中世の宮中の行事に由来している。「綾取り」もまた同じ女の子の遊びであるから、やはりそのあたりに起源があるのであろう…と。

ところで、これまでのあやとりの遊戯史考証には、そのアプローチに一つの欠陥があります。「あやとり」の起源や歴史を探るには、「あやとり」を少なくとも二つに分けて考える必要があるのです。一つは、「指ぬき」のようなトリックや「ほうき」・「はしご」のような一人で作るあやとり;もう一つは、皆さんおなじみの「ふたりあやとり」です。

柳田が言及したハッドン博士の見解は〈無文字社会〉の「一人で作るあやとり」について述べたものです。「二人で交互に取り合うあやとり」も、南太平洋の島々から報告されていますが、ゲーム性が強く、儀式などとは無関係に ‘遊び’ として楽しまれていました(*5)。もし、私たちの「ふたりあやとり」も、ことの始めから ‘子どもの遊び’ であったとすれば、その起源を昔の神事や宮中の行事に結びつけるのは無理ではないでしょうか。また、「ふたりあやとり」が大航海時代の16世紀頃に海外から流入した ‘新しい’ 遊びであった可能性も否定できません。「あやとり」が遠い過去に “成人の神ごと” として存在したとすれば、それは「ふたりあやとり」よりも「一人で作るあやとり」であった可能性の方が高いように思えます。〔追記〕参照

では、大昔この列島で暮らしていた私たちのご先祖は、「一人で作るあやとり」や「トリック」を知っていたのでしょうか?近年の縄文遺跡の発掘調査で、「縄文人」が草木や樹皮から繊維を取りだし、紐や縄に綯い、さらに袋やかごまで編んでいたことが明らかになりました。真脇遺跡 (石川能都町) からは、ヒモを編み込んだ「丸かご」の一部や三つ編みにされた縄などが;青森三内丸山遺跡からは、「縄文ポシェット」と呼ばれるイグサ科の植物繊維を編みこんだ袋や、細いつるを編んだ組み紐の断片も発見されています。

さまざまな植物繊維の加工に長けた「縄文人」たちが、その手作業の合間に、手すさびにつる・茎や紐・縄を手指に巻き付けたり、引っ張ったりしていたとしても不思議ではありません。絡めた紐の一端を引っ張った時、スルスルと手指から抜け落ちる;この瞬間のちょっとした快感が好奇心を刺激して、「トリック」へ、さらに「一人で作るあやとり」へと発展して行ったことはおおいにあり得ることでしょう。そして、文字のない縄文社会で “大人の真面目な行事として” あやとりを演じていたかもしれません。もちろんこれは 証拠のある話ではなく、‘100%空想物語’ です。ですから、この話は〈平安朝時代から行はれていた〉説のように広めたりはしないで下さい。縄文土器の文様に、明らかに「あやとり」で作った紐・縄の形が発見されるその日までは…。

(*1) 半澤敏郎 (1980)『童遊文化史』(5巻) 東京書籍:Vol.1,pp.277-278
(*2) 小高吉三郎 (1943)『日本の遊戯』羽田書店:pp.14-16
(*3) 多田道太郎 (1974)『遊びと日本人』筑摩書房:pp.176-185
(*4) 柳田國男 (1939)『国語の将来』創元社:pp.120-121
(*5) 私たちの「ふたりあやとり」とは取り方が全く異なる。フィリピンからニュージーランドまで、変化を伴いながら南太平洋の島々に広く分布 (トピックス 056)
Maude, H.C. & H.E. Maude (1958) "String figures from the Gilbert Islands" Journal of the Polynesian Society, Memoir 13:pp.136-141
Noble, P.D. (1979) "String figures of Papua New Guinea" Boroko: Institute of Papua New Guinea Studies:pp.55-61
続編:平安時代に「あやとり」はあったのか? -2
Ys

〔追記〕

1956年当時のオランダ領ニューギニア (ニューギニア島の西半分) の自然や生活風景を撮影した記録映像がネット上で公開されています。

ニューギニア島の最西端バードヘッド半島の内陸部に暮らすマイブラト (Mejbrat / Maybrat / Ayamaru) の人々の生活風景の一場面では、若い男女がそれぞれ長い列に並び、互いに向かい合って〈あやとりのやりとり〉をしています。そのナレーションでは「あやとりが始まる。それは、しばしば結婚に結びつく仲介である。少女と少年は互いにあやとりを受け渡す。あやとり一つ一つには作り手のある思いが表現されていて、からかい・ねだりから真剣な気持ちまでさまざまな思いが込められている」といった意味のことが述べられています。

東南アジアの一部には、祭りの日などに若い男女が結婚したい相手と互いに歌を交わして気持ちを確かめ合う「歌垣 (うたがき)」という古来の風習が今も残っていますが、この〈あやとりのやりとり〉にも何かそれを想起させるものが感じられます。

男女でやりとりされるパターンは、私たちにおなじみの「ふたりあやとり」とは全く異なります。しかし、「二人で取り合うあやとり」もまた、ただの遊びではない場合のあることを示す貴重な映像記録といえましょう。映像ページへはこちらからどうぞ。

Ys 2012/04/07

ファイティング原田氏の逸話 2004/09/04

このHPの読者の方から、次のようなメールが送られてきました。大変、興味深い内容ですので、ご了解を得て紹介させていただきます。

綾取りを若い間に見ているのに軽視していましたが、最近になって、なぜか興味が湧いてきているところです。

昔、私が20代の勝気な時代ファイティング原田の世界タイトルマッチをTV観戦した時の話。ジョフレ (ブラジル) は、精悍で、動じない幾多の修羅場を潜ってきた世界チャンピオン。評価もF・原田のほうが分が悪い感じですから、プレッシャに弱い私は、TVを見ていてもハラハラドキドキ。かみそりパンチが唸りをあげて来る。こちらは、手数だけ。しかし、その手数の多さがF・原田に勝利の女神を呼び込み、二階級制覇を達成しました。“F・原田はなんて強い心 体 精神を持っているのだろう” と思い込んでいたのです。

それからかなりの年月を経たある日、TV番組でF・原田氏が綾取りの話をしているのを見ました。このボクシング試合前の緊張感溢れる、待ち時間の間、水も飲めない極限状態で、精神統一の為に (恐怖、怯え、飢えを除く為に??) 綾取りをしていたとのことでした。その番組でも、実際にやってみせ、ストローを口にくわえ、引っ張り 伸ばし 結び 綾取りにふける姿鬼神のごとくでした。その綾取りの上手なこと。何か物語りでも、語っている様でした。

TVでパプア・ニューギニアや極北圏の綾取りも見た記憶があります。綾取りの過去の種類の多さ (無限さ) に少しづつ興味が、沸いてきております。この文明の早さゆえに、綾取りが精神を安定させてくれる物昂揚させてくれる物なのでしょう。

組紐・テープ類に従事し、今日まで来ましたが、これからの人生に何かもう少し、趣味を増やしておきたいと、E-mailを出した次第です。

8/29 (C.K.)

このお話から、次のことを思い出しました: 今から30年ほど昔、あやとりがちょっとブームになった頃、NHKTVで「あやとりの世界」という30分の単発番組が放映されたことがあります (1974年5月3日) →トピックス 138。番組では、世界のさまざまな珍しいあやとりの紹介や、巨大あやとりのパフォーマンスが演じられました。

野口広氏のほか、あやとりの好きな有名人として、F・原田氏が招かれていました。氏は、ストローを縦に引き裂き、その紐をつないでループにして、あやとりをしていました。フライ級、バンタム級の2階級での「世界チャンピオン」と「あやとり」との意外な?組み合わせに驚いたことを憶えています。私は、その場面だけは憶えていたのですが、氏が話した内容はすっかり忘れていました。

何もしないでただ歯を食いしばって極度の緊張感に耐えるより、何か手作業のようなことに集中している方が気が紛れます。あやとりには、そういう効用もあるようです。なお、このエデル・ジョフレ vs F・原田戦 (1965年5月18日) は、今日でも日本ボクシング史上最大の勝利と言われているそうです。

C.K.さん、面白いお話をありがとうございました。

TS

曲芸/お手玉の「あやとり」 2004/08/25

インターネットの検索機能は日々充実してきています。それを使って「あやとり」「綾取り」…などの言葉で情報を収集していますが、時には思いも寄らないものが検索されてしまうことがあります。その一つが曲芸の「綾取り」です。

その他、日本各地に同様な曲芸を伴う伝承行事があるようです。このような「あやとり」(あるいは、「あや」、「あやおり」) と呼ばれる曲芸は、太神楽曲芸の一演目として、すでに近世には知られていました(*1)

この曲芸の「綾取り」を真似ることから、子どもの遊びの「お手玉」が広まったという斎藤たまさんの興味深い考察があります(*2)。70年代に全国各地の子ども伝承遊びを調査した氏は、「お手玉」には、上に放り上げるやり方と、下に置いて拾い上げる (石なご) 遊び方があり、前者はこの太神楽の曲取りに由来したのでは、と考えています。お年寄りの話では、昔はお神楽がどのような村にもやって来て奉納をした。子供たちは、神楽よりも、曲取りというジャグリングの技を目を輝かせて見ていたそうです。今日でも「お手玉」のことを「あや、あやとり」と呼ぶ地方もありますから、ほんとうにそうなのかもしれません。

昔の文献に「あや、あやとり」と記されていても、それが ‘糸遊び’ の「あやとり」とは限りません。特に、子どもの遊び唄の本にある「あやとり唄」はほとんどすべてが「お手玉」遊びの唄なのです。この点には注意が必要でしょう。

(*1) 『人倫訓蒙図彙』、元禄三 (1690) 年に刊行。(たとえば:網野善彦、大西廣、佐竹昭広 (1995)『春・夏・秋・冬 いまは昔 むかしは今 4 』福音館書店:pp.496:を参照)
なお、太神楽に興味のある方は《見世物広場 by チャン助》をご覧下さい。
(*2) 斎藤たま (2000)『野にあそぶ 自然の中の子供』平凡社ライブラリー:pp.261-264 [『野にあそぶ』平凡社、1974 改訂版 ]
TS

BBCニュースチャンネル 2004/08/16

現在、北京に滞在中です。ホテルで何気なくテレビを見ていますと、「二人あやとり」がチラッと映りました。それで、日を改めてチェックしてみました。

ウィーク・デイのBBCニュースチャンネルで、全世界の気象情報のコーナーが終わり、現地時間6:30AM (日本時間7:30AM) 頃に、画面の下の方に Programmes for your regionという案内が表示されています。画面上部では、トピックスの案内、過去のその日の出来事、番組案内やマーケット情報が流されています。時間になり、画面いっぱいに二人綾取りの「たんぼ」があらわれます。これを取り上げて次の形に変わろうという瞬間に、画面がBBCニュースのマークにかわり、アナウンスで、"This is BBC World. Now from Singapole, Asia Business Report" という声が流れ、キャスターに画面が切り替わります。また、このセクションの終了から次の "Asia Today" に移りかわる合間には、先程と同じ「たんぼから次の形へ」のほか、次の「川」に変わるところや「たんぼ」が出来る場面も使われています。

このように、あやとりのシーンは画面転換のカットとして用いられています。BBCが「二人あやとり」をアジアの遊びとみなして、この映像を流しているのであれば面白いのですが… (アジア以外の諸地域で、どのような映像が使われているのかはわかりません)。旅先でのちょっとした ‘出会い’ として記録しておきます。

〔追記 2004/08/25

イタリアやフィンランドに旅行された海外の会員から、その地でも同様の映像が流れているとの報告が届きました。どうも、BBCのこの映像、アジア限定ではないようです。

TS

イタリアのあやとり 2004/08/09

読者の方から、イタリアでの綾取り体験談が寄せられました。十数年のイタリア暮らしを経て先年帰国された女性Mさんからです。

イタリアでも日本と同じ「二人あやとり」がありました。取り方もまるで同じ。新鮮な発見でした。「一人あやとり」もあるらしいのですが、私の周りでできる人はいませんでした。

そして、誰もあやとりのイタリアでの通称を知りませんでした。子供の頃に遊んだという人たちが多いのに、その名称を誰も思い出せないのです。このあやとりを子供達に教えている人も少ないようでした。

私のであった小さなあやとり情報です。

6/28 (M)

さらに詳しくお尋ねしたところ、これはミラノでの体験とのこと。ご家族やお知り合いの50~60代のイタリア人女性は、皆あやとりができたそうです。その中には、南イタリアのカラブリア出身の方もいたので、イタリア全土で昔は普通の遊びだったのではとの印象をもたれています。また、イタリア人のご主人も「二人あやとり」を知っておられたそうですが、他の男性についてはわからないとのことです。

「二人あやとり」の取り方については;始め方は、親指以外の四指に糸を巻きつけて、手のひらの糸を取り合う。終わり方は、私たちと同じように失敗するまで繰り返すのだそうです。

さて、ISFA会員の調査では、1883年のイタリア語の本に「二人あやとり」の記述が発見されています(*1))。Mさんが考えておられるように、イタリアでも昔はよく知られた遊びだったのかもしれません。

貴重な情報をお知らせいただいたMさん、ありがとうございました。このように、海外でのあやとり体験談や見聞録などありましたら、当サイトまでお気軽にメールをお送り下さい。

(*1) Paulo Escudeiro (2002) "Cat's Cradle in Portugal" Bulletin of the ISFA vol.9:pp.262-284
TS & Ys

『ぼくドラえもん』12号 2004/07/29

今年2月に創刊された100%ドラえもん雑誌『ぼくドラえもん』;12号 (8月5日発売) の大特集は「世界一愛される “ぐうたら少年” 野比のび太」(*1)

「ドラビア大百科」—のび太も喜ぶ国際あやとり協会!—では、日本あやとり協会 (ISFAの前身) の設立者、野口広氏が久しぶりに登場。自著にまつわるエピソードや「のび太」の生き方について話しておられます。ともすれば、のび太君が「あやとり」にマイナスイメージを与えたと言われがちですが、長年にわたり数学教育に貢献されてきた氏の談話を通して、そのイメージがプラスに転じることを期待しています。

付録の「野比流あやとり家元教本」では、「さかずき」、「富士山」、「まつば→ほうき」、「おどるチョウ (福田けい作)」が紹介されています。なお、「おどるチョウ」の取り方のイラスト、3番目 (取り方 [弐] の下図) と5番目 ([参] の下図) が入れ違っています(*2)

このあやとりトピックスでは、『ドラえもん』作品中のあやとりについて、何度か取り上げてきました (トピックス 014 025 040)。その記事が編集部のAさんの目にとまり今回の取材協力が実現しました。ドラえもん世代に、「ISFA」の存在や「あやとり」の世界の広がりを伝える良い機会を与えていただいたことに感謝いたします。

(*1) 『ぼくドラえもん』12号、小学館
(*2) 監修を要請されたのが付録の〆切直前だったため、残念ながら修正が間に合いませんでした。

〔追記 2004/08/27

このほか、声優の小原乃梨子さんへのインタビュー記事があり、「のび太」君と二人であやとりをしている写真が掲載されています (pp.10-11)。また、サイン入り色紙+あやとりセット (初級者用〈白色〉、上級者用〈黒色〉のあやとりひも) のプレゼントがあります (締切:9月4日消印有効)。当選された方は宜しければその感想をお聞かせ下さい。

TS & Ys

保育園の子どもたち 2004/07/19

以前、ギリシア・ロードス島のあやとりの情報 (トピックス 038) をいただいたUさんから、久しぶりにメールをいただきました。

ご無沙汰しております.日本のこども達が「あやとり」をしている様子を写真にとりたいものだと思っていましたが,なかなか出会いがありませんでした.

今週7月13,14日と保育園の子ども達の夏山合宿に行ってきました.その時のキャンプファイヤの出し物に「あやとり」がありました.様子を写真に撮り,保育の先生や子ども達に「どうしてあやとりを出し物に選んだの?」と聞いてみました.普段も保育の遊びの中で「あやとり」をすることがあり,グループの出し物に決めたとのことでした.

あやとりをする子どもに「だれから教えてもらったの」と聞いてみました.おばあちゃんから教えてもらったとのことでした.「ほうき」「やま」「ふたりあやとり」などをしましたが,なにができるか,だれとしているか等わかりましたら,またお知らせいたします.HPにあやとりの写真を数枚載せていますのでご覧下さい ⇒ 菜の花保育園 夏山合宿 2004-2。リンク先はすでに存在しません

日本の子ども達があやとりをする様子などを知りたいと思っていますが,なかなか良い場面に出会えません.10年ほど前には時に子ども達のあやとりをする素敵な場面にであったことがありましたが.保育園には月に一度ほど行くだけですが,これを手がかりに子ども達に「あやとり」について聞いてみようと思っています.

7/17 (K.U.)

〈おばあさんから孫たちへ〉というあやとり伝承は今も途切れることなく続いているようです。あやとりを作り上げた時の子どもたちのちょっと誇らしげな表情も私たちの子どもの頃と変わりないですね。Uさん、ありがとうございました。


〔追記 2004/10/30

Uさんからのメールです:

10月27日,菜の花保育園の5才児が私の田で稲刈りをしました.食事が済んだ自由の時間に二人の子どもが「あやとりひも」を取り出して,「あやとり」を始めました.その様子を写真に撮りましたので,どうぞご覧下さい → 「稲刈り体験保育 2004-3」.リンク先はすでに存在しません

10/29 (K.U.)
TS & Ys