クワクワカワクの神話・伝説
1930~31年、アメリカの文化人類学者フランツ・ボアズ (Franz Boas) のカナダ・バンクーバー島調査旅行に参加したロシア人留学生ユーリア・アヴェルキエヴァ (Julia P. Averkieva) は、先住民クワクワカワク (Kwakwa̱ka̱'wakw:当時はクワキウトル・インディアンと呼ばれていた) から100種を超える伝承あやとりを採集しました。あやとり唄も採録されており貴重な研究資料となるものでした。しかし、ロシアではソビエト革命が起こり、ユーリアは、あやとりについてのレポートを未完のままボアズに託して急いで帰国。ボアズの手元にあった報告書は、彼の死後、そのまま忘れ去られました。
1982年、埋もれたあやとり文献の発掘を続けていたISFA会員のマーク・シャーマン (Mark Sherman) は、この幻の報告書がニューヨークのアメリカ自然史博物館に保管されていることを突き止めます。シャーマンは、この文書を公刊するにあたり、あやとりの取り方を再現するだけの復刻版では物足りなく思いました。それで、個々のあやとりの背後にあるクワクワカワクの物質文化・精神文化の世界にまで立ち入り、あやとりに表現された世界観をやさしく解説。また、他のアメリカ先住民や極北圏のイヌイットのあやとりとの比較を交えて、クワクワカワクあやとりの手法の特徴を分析するなど、あやとりを学問的に扱う上で一つの手本となる著作として発表しました。
ここでは、その書から、神話・伝説と結びついたあやとりを紹介します。
このサイト内には、他のあやとり:「小さいふくろう」・「義理の兄弟の出会い」・「ハマトビムシ」・「子供の墓」もあります。合わせてご覧下さい。
Ys 2009/10/12
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「太陽・月・星」
クワクワカワク
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右手近くにある大きなまるい形が「太陽」、その左下が「月」、上が「星」です。最後に両手を広げると、それぞれの形が同時に現われるのが面白い。
アラスカ南西部からカナダ北西部の海岸地方の先住民、クリンキット (トリンギット)、ハイダ、ツィムシャン、ベラクーラなどの神話・伝説には、ワタリガラスが頻繁に登場します。クワクワカワクの創世神話でも、ワタリガラスが天空に太陽、月、星を置いたと語られています。
なお、カナダ文明博物館のサイトには、このあやとりを取るクワクワカワクの女性を描いたアーティスト Bill Holm の作品 (写真ではありません) があります。作者の説明文から、クワクワカワクのあやとりは今も受け継がれていることがわかります。
Ys 2009/10/12
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「光の筐 (はこ)」
クワクワカワク
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このあやとり「光の筐 (Daylight-Receptacle)」には、2つの唄が付いています。現地語は表示不能、ここでは歌詞の意味だけを記しておきます。興味のある方は出典文献をご覧下さい。
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女はカヌーの船首の ‘光の筐’ の上に仰向けに寝て、それから ‘光の筐’ を水の中に投げ込んだ。世界に光が差して明るくなった。
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女は ‘光の筐’ を背負って運び、浜辺に置いた。
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この立体的なパターンは、全体がカヌー;右側の縦長のループがカヌーの船尾に立つ子ども (実はワタリガラス);左側の船首の逆三角形のループが ‘光の筐’ を表しています。
以上の説明では、何のことかわからないですね。このあやとりの背景には、〈ワタリガラスが、始原の暗黒の世界に光をもたらした〉という伝説があります。それは、あやとり「太陽・月・星」の項で少し触れた口承物語群の一つで、さまざまなバリエーションが知られています。ここでは、フランツ・ボアズの著書 (出典文献) に収録されているクワクワカワク伝承の一編を紹介します。
世界の始まりの時、すべては暗闇の中にありました。闇を照らす ‘光’ が、カモメ女の ‘光の筐’ (Daylight-Receptacle) の中に閉じ込められていたからです。ワタリガラスは ‘光の筐’ を奪い取ろうと考えを巡らせました。
ワタリガラスは、カモメ女に近づき、その体の内に入り込み、そして、カモメ女の子どもとして生れます。その子は、すぐにしゃべり始めました。「おもちゃのカヌーで遊びたい!」。母であるカモメ女は、おもちゃのカヌーを作ってあげました。しばらくして、その子は、またしゃべりました。「カヌーを漕いでみたい!」。「それはダメ」。カモメ女は何度も言いましたが、子どもは泣き叫ぶばかり。カモメ女は、カヌーを水に浮かべました。ばらくして、その子は、またしゃべりました。「カヌーに ‘光の筐’ を乗せたい!」。「それは、ダメです!」。カモメ女は厳しく叱りましたが、子どもはいっそう激しく泣き叫ぶ。とうとう、カモメ女は ‘光の筐’ を取り出し、望み通りに、カヌーの船首の内に置きました。子どもはカヌーに乗り込みます。「あまり遠くへ行ってはいけないよ!」。漕ぎ出したカヌーがカモメ女の家の前まで来た時、子どもは大声で叫びました。「忘れろ、忘れろ、忘れろ!」。最後に一言、「よぉーく見ろ!」。それはワタリガラスでした。カモメ女は、わが子のことをすっかり忘れました。
このようにして、ワタリガラスはカモメ女から ‘光の筐’ を盗み出したのです。それで、世界には太陽の光が満ちあふれるようになりました。暗黒の世界に光をもたらしたのは、あのワタリガラスなのです。
(この拙訳を信用しないように。興味のある方は、出典文献をご覧下さい)
Ys 2009/10/12
〔追記〕
よく似たあやとり「義理の兄弟の出会い」も参照してください。
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「二頭のシャチ」
クワクワカワク
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このあやとりは、バンクーバー島北部の Fort Rupert に住むただ一人の先住民だけが知っていました。二頭のシャチが並んで潮を吹いていると見立てるのでしょう。
フランツ・ボアズが調査研究をしていた19世紀末から20世紀にかけての時代、クワクワカワクの人々は「偉大な長老は亡くなれば皆、シャチに姿を変える」と信じていました。「人が亡くなると、小さなカヌーが遺体を引き取りにやって来る。そのカヌーはやがてシャチの姿に変わる。死者は、シャチから潮を吹くように言われる。四回試みてうまく潮を吹けなければ、死者はそのまま墓に戻される」。このような話もボアズの調査記録に残されています (Boas, F. (1910) "Kwakiutl Tales")。
2008年カナダで制作された、バンクーバー島の迷子のシャチを扱ったドキュメンタリー番組でも、そのシャチは長老の生まれ変わりだと話す人たちがいました。〈シャチと人間はたいへん近い存在である〉とのクワクワカワクの人々の世界観は、今でも、観念ではなく実感として継承されているのです。
Ys 2009/10/12