
あやとりの静と動
野口廣、シシドユキオ 著 |
所収:日本文化のかたち百科 |
丸善 |
2008/12 |
日本伝承あやとりの特色を海外あやとりとの比較を交えて述べています。興味のある方は図書館でご覧下さい。
ここでは、あやとりにかかわる民俗学的考証などを紹介しています。
野口廣、シシドユキオ 著 |
所収:日本文化のかたち百科 |
丸善 |
2008/12 |
日本伝承あやとりの特色を海外あやとりとの比較を交えて述べています。興味のある方は図書館でご覧下さい。
谷本一之 著 |
所収:季刊誌 Arctic Circle 56号 |
北方文化振興協会 |
2005/09 |
セント・ローレンス島 (1979年)、カナダ・ホルマン島 (1985年) での伝承あやとり見聞録が短いながらも面白い。
ロバート・ローラー 著、長尾力 訳 |
青土社 |
2003/01 |
原著:Lawlor, Robert (1991) "VOICES OF THE FIRST DAY − Awakening in The Aboriginal Dreamtime" |
河合隼雄 著 |
朝日新聞社 |
2002/05 |
ナバホの人々は ‘自然、そして季節の移り変わり’ を大切にしています。「特に世界のはじまりの物語 (創世神話) は、冬にしか語ってはならない。子どもたちの「あやとり」遊びも冬のもので、春一番の雷が鳴ると、もうしてはいけない。雷とともにすべてが目を覚ます季節がはじまるのだ。…」(pp.78) トピックス 030
岡本太郎 著 |
所収:わが世界美術史 美の呪力 pp.151-165 |
みすず書房 |
1999/06 |
アントニー・アルパーズ 編著;井上英明 訳 |
青土社 |
1997/07 |
原著:(retold by) Alpers. A (1964) "MAORI MYTHS & TRIBAL LEGENDS" |
「Maui マウイ」の神話・伝説や、幻の故郷「ハワイキ」からのカヌー移住伝説を収録。マウイは半人半神の〈文化をもたらしたヒーロー/トリックスター〉、「FAI:あやとり」の発明者でもある (pp.81)。この青土社本は、1982年に刊行されたサイマル出版社『マオリ神話:南太平洋の神々と英雄たち』の改訂版。サイマル版に未掲載の「綾取りをするマオリ古老」の写真も掲載されている (pp.83)。 トピックス 036 122
谷本一之 著 |
所収:現代思想 総特集 ニッポンの根っこ pp.248-255 |
青土社 |
1984/07 |
1979年、アラスカ西方のセント・ローレンス島で撮影された写真を掲載。
小泉文夫 著 |
所収:フィルハーモニー |
NHK交響楽団 |
1968/04, 07, 08 |
所収:エスキモーの歌 – 民族音楽紀行 |
青土社 |
1978/07 |
所収:民族音楽紀行:エスキモーの歌 小泉文夫著作選集 3 |
学習研究社 |
2003/09 |
小泉文夫 著 |
所収:フィルハーモニー |
NHK交響楽団 |
1968/10, 11 |
所収:エスキモーの歌 – 民族音楽紀行 |
青土社 |
1978/07 |
所収:民族音楽紀行:エスキモーの歌 小泉文夫著作選集 3 pp.57-58 |
学習研究社 |
2003/09 |
小泉文夫 著 |
所収:あんさんぶる |
1975/06 |
所収:呼吸する民族音楽 |
青土社 |
1983/05 |
所収:呼吸する民族音楽 小泉文夫著作選集 2 |
学習研究社 |
2003/08 |
小泉文夫 著 |
日本放送出版協会 |
1985/07 |
著者は1957年から世界各地を訪れ「人類の音楽文化」を調査研究、多大な業績を残した音楽学者です。その成果をメディアを通じて積極的に紹介、坂本龍一ら若いミュージシャンに大きな影響を与えただけでなく、広く一般にも世界の ‘民族音楽’ の素晴らしさを伝えることに成功しました。
上記文献には、極北圏やニュージーランド・マオリの「あやとり」についての短い記述が見られます。しかし筆者は、そのような直接の言及よりも、‘音楽以前の音楽’ である「わらべうた、遊び唄」についての考察や、根元的な「人間の歌」を歌うセイロン島 (スリランカ) のヴェッダについての文章 (「人間の歌の根元にあるもの」:「空想音楽大学」小泉文夫著作選集4巻) の方に強く引かれています。「あやとり」もまた「歌う」ことと同じように原初的な人間行為です。それで、「人間にとって ‘あやとり’ とは何か?」を考える時、根元的な「歌」を追究する小泉氏の方法論や思索が大きな示唆を与えてくれるように思えるのです。
病魔に倒れることなくあの卓越した研究・啓蒙活動を続けておられれば、私たちは「あやとり」についても氏からもっと多くのことを学ぶことができたでしょう。56歳での急逝は今でも惜しまれます。