Last updated: 2020/12/19

あやとりトピックス 131-140

「ふくろう」のあやとり 2006/05/21

大昔から世界各地の人々は「ふくろう」にさまざまなイメージを託してきました:森の賢者、予言者、闇の世界の使者…。そして現代、動物界の「ふくろう」の多くは絶滅の危機に瀕しているのですが、イメージ界の「ふくろう」の方は衰えることなく繁栄を続けています(*1)。今回はふくろう愛好家にもほとんど知られていないイメージ界アート目クラフト科アヤトリ属の「ふくろう」を紹介します。いずれも「ふくろう」の生きている姿をよく知る人々が生みだし、伝えてきたあやとりです。

カナダ・バンクーバー島の先住民、クワクワカワク (以前は、クワキウトルと呼ばれていた人々) のあやとり「小さいふくろう (Gugugu)」。耳のように突き出た「羽角」と額のV字ラインで「ミミズク」を表しています(*2)。一方、アメリカ・ニューメキシコ州に暮すナバホの「ふくろう」は羽角のない「フクロウ」に見えます。

南オーストラリア、アレクサンドリア湖畔に住むアボリジニの「夜のふくろう (Kroldambi)」はちょっと威厳のある感じ。そして、日本伝承の「ふくろう」には、一昔前の私たちの風土にふさわしい、ほのぼのとした雰囲気があります。

アフリカ大陸など他の地方の「ふくろう」あやとりについては資料を調べ、また折りを見て紹介します。


手元に一冊の「ふくろう」本があります:飯野徹雄『世界のふくろう Owls of The World』、2001、里文出版。生態写真から始まり、「ふくろう」をモチーフとする古今東西ありとあらゆるものが美しいカラー写真図版で紹介されています。絵画、木・石・金属など様々な素材で作られた美術工芸品や身近な用具、玩具、そして、町角の看板・ポスターまで。飯野ご夫妻の35年間に及ぶ「ふくろう」コレクションは10,000点を超えるそうです。その中から選ばれた約600点の図版と簡にして要を得た解説からなるこの書、ふくろう愛好家でなくとも楽しめる本に仕上がっています(*3)

その飯野氏が名誉館長を勤める《豊島ふくろう・みみずく資料館》では、ご夫妻のコレクションの一部が随時、公開されています。ふくろう好きの皆様は一度お立寄りなってはいかがでしょうか。

(*1) 1997年には、ファンタジー属の新種「ヘドウィグ」がイギリスに出現、あっという間に世界に分布を広げました。
(*2)

1994年、南フランスのショーヴェ洞窟で32,000年前の岩壁画が発見されました。この「32,000年前」という時代推定には異説もあるようですが、有名なアルタミラやラスコーの洞窟壁画 (約14,000年前) よりもかなり古い時代に描かれたことは間違いありません。そのショーヴェ洞窟壁画に「ミミズク」の絵があります。壁画研究者が「フクロウ」ではなく「ミミズク」であると見なしたのは、やはり「羽角」が描かれているからです。この絵を見れば、クワクワカワクのあやとりも「ミミズク」に見えてくるのではないでしょうか。

ショーヴェ洞窟の岩壁画「ミミズク」の画像は次にあります: 《La Grotte Chauvet - pont-d'arc

(*3) 当サイトにあやとり情報をお寄せいただいている《福郎石彫おうる工房》のUさんの石彫も収録されています。
Ys

花の「アヤトリ」 2006/04/17

花の美しい季節です。今回は「アヤトリ」と名付けられた二つの花の話題を取り上げます。どちらも、品種改良を重ねた人気のある園芸植物です。

ツバキの原産地は中国ですが、日本でもすでに1680年代にツバキ品種の世界最初の目録が作られていました。当時は改良の手法などは秘密にされていたようです。そのツバキの全品種の画像が紹介されているページが、愛媛大学蔬菜花卉学研究室のサイトにあります(*1)

その中に「アヤトリ」という品種があります。新潟刈羽郡の園芸農家で生産されました。花弁の輪郭線が幾重にも交差し合っているように見えます。どうして、この名前がつけられたのでしょうか。その由来が知りたいものです。

もう一つの花はヘメロカリス。ヘメロカリスの野生種はユリ科キスゲ属のニッコウキスゲ、カンゾウなど、東アジアの温帯を原産地とする多年草で、ユリに似た美しい花を咲かせます。一日だけ花を咲かせることから、英語では “Day lily” と呼ばれます。アメリカでとくに人気があり、今日まで、数万種を超える新品種が生み出され、この花のコンテストや愛好家団体もあります。

そのヘメロカリスの名前に「キャッツ・クレイドル (Cat's Cradle) =あやとり」があります(*2)。“キャッツ・クレイドル” の名付け親は、この花から「あやとり」をイメージしたのでしょうか。花のタイプが “spider : くも” であることから、「くもの巣 → あやとり」が連想されたのかもしれません。

ところで、あやとりの「花」には、「」、「朝顔」、「ライアの花」、「テリハボクの花」などが思い浮かびます。その「朝顔」を「百合」と呼んでいた地方もあります → 植物のあやとり

(*1)愛媛大学蔬菜花卉学研究室》→「日本の椿・山茶花の全品種の画像ファイル」→「Cultivar Name A-B of Camellia japonica」→「あやとり」現在このように辿ることはできません
(*2) ヘメロカリス ‘キャッツ・クレイドル’:Hemerocallis ‘Cat's Cradle’ (Hager, 1985 America)。画像とデータは《Dave's Garden》にあります。
TS

「あやとりの世界」(NHKTV) の放送台本 2006/02/19

このトピックスでは、1974年に放送されたNHKTV「あやとりの世界」について何度か触れています (トピックス 047)。このほど、当時の放送台本が東京芸術大学音楽学部小泉文夫記念資料室(*)に保存されていることがわかりました。小泉氏は世界諸民族の遊びにも造詣が深く (あやとりの本)、この番組のコメンテイターとして出演されていたのです。そして、資料室の皆様のご厚意により、そのコピーを入手することができました。ありがとうございました。

氏は、世界各地の民族音楽の研究・紹介のほか、日本の歌謡曲の流行の変遷に独自の解析を加えておられたことが強く印象に残っています。歌謡曲を研究の題材になど、当時としては、思いもよらない切り口でした。学者一般のイメージから想像して近寄りがたく難しいことを述べられるような人と思われるかもしれませんが、決してそうではなく、話上手な方でテレビなどで拝見したにこやかで親しげなお顔が思い出されます。そして、当時、突然の訃報に接しびっくりしたことを思い出します。あれから20年以上たったのかという思い;それに、このような雑資料までをきちんと保存されていて、今それを発見できたことを重ね合わせて、「こんなに近しい人だったとは!」と (勝手に思いこんで) 感激しています。

では、その台本から番組進行を追ってみます。

番組のねらいは「一本のヒモで森羅万象を表すあやとりに、民族の心を感じよう」。出演者は、小泉氏のほか、野口広早大教授 (前年12月に刊行してベストセラーとなったあやとり本の著者、数学者)、ファイティング原田さん、女優の白川由美さんと娘さん、高見山関 (ハワイ出身)、この他、フランス人の母娘、スウェーデンの女性、ザイールの女の子と父親、パプア・ニューギニアからの女子留学生、そして、日本の小学6年生のF君。

オープニングは、日本のあやとり:「はしご」・「蝶」(F原田)、「指ぬき」・「橋→亀→ゴム→飛行機」・「網→琴」(白川)。次に世界のあやとりのパターン紹介の映像:「カニ」、「蝶」、「雷鳥」、「カモメ」、「トナカイ」、「キツネ」、「歩く小ブタ」。

「あやとりは世界に」のコーナーでは、「テントの幕」(野口) や「氷の家 (?)」(小泉) を披露。続いて、世界のあやとりの分布や起源などについて、小泉氏の極北圏での実地体験談を交えながら簡単な解説があります。

この後は、番組参加者による世界各地のあやとり競演。まず、子供たちが簡単なパターンを作ります:フランス人の9才の女の子が母親と「ふたりあやとり」、一人で、「パラシュート」、「パンタロン」、「エプロン」、「ブーツ」;ザイールの女の子が「コップ」、「スカート」、「パラシュート」、「お魚」;日本の小6の男の子が「ほうき」、「ハサミ」、「さかずき」、「やぶのなかの一軒家」。

続いて、大人が世界各地の傑作あやとりを次々と作り上げます:トレス海峡の「カヌー→たつまき」の映像;ザイールの男性が「バトカ峡谷」、「ダイヤモンド」、「あやとりトリックの指ぬき・エンピツばさみ・首抜き」;スウェーデン女性が「魚の網」、「ベッド—眠る赤ん坊—落ちる」、「首抜き」;高見山が故郷ハワイの「鯨の歯」、「椰子の木」;白川さんが「菊の花」。ファイティング原田氏は「はしご」を作り、ボクサー時代のエピソードを語ります (トピックス 106)。

ここで「あやとり名人」として小6のF君が再登場、「開拓地の家」、「はばたく鳥」やスコットランドのお話あやとり「ろうそく—椅子—泥棒」を披露。パプア・ニューギニアからの留学生タボガニさんが、現地の「引き潮」、「亀」、「ヤムいもの収穫」、「落ちて二つに割れる雷」、「メンドリとオンドリ」、「天の川」。野口教授が動きのある「木登り男」や「見てごらん」を作ります。

エンディングは、「あやとりの中には、それぞれに民族の心や生活の息吹きがこめられている。一本の糸が織り成す宇宙」というアナウンサーの言葉に続いて、出演者が、それぞれに宇宙をイメージしたパターンを作り上げます:「プレアデス」(F君)、「日食」(小泉)、「月にむら雲」(白川)…。

今、台本を手にして上のように書き出してみると、30分番組でこれだけ多くのあやとりが紹介されていたことに、あらためて驚きました。なお、この記述はあくまで台本に基づくものであり、実際の放送内容とは異なっているかもしれません。NHKアーカイブには、この番組ビデオが残っているのでしょうか?あれば是非見てみたいものです。

(*) 小泉文夫記念資料室

[雑資料] 資料名:五月特集 あやとりの世界 (決定稿) 昭和49年5月3日 (1974年5月3日) (金) 午後7時30分-7時59分(放送) 出演 小泉文夫ほか NHK総合テレビ (テレビ) 放送台本 年月日:昭和49年5月3日 (1974年5月3日) (ガリバン印刷!!)


〔追記 2006/03/12

会員の方がNHKに問い合わせたところ、「あやとりの世界」のビデオ映像は保存されていないとの回答がありました。

TS

『ナーシングカレッジ』のあやとり記事 2006/01/15

『ナーシングカレッジ』(発行 医学芸術社倒産しています) は、看護学生向けの月刊学習誌です。その読者ページには「みんなであそぼ」という、誰でも気軽に楽しめる遊びを紹介しているコーナーがあります。これまでに、おはじき、ビー玉、手影絵などが取り上げられています。

今回 (2006年2月号) は「あやとり」の出番となりました (pp.105)。ISFA・野口廣氏のお勧めは「コインおとし」。これは、昨年8月、野口宇宙飛行士がスペースシャトルで披露していた古くから伝わる「あやとりトリック」です。最後にポロッと落ちるリングが、無重力空間では空中に漂っていました (その時のビデオ映像は今でも公開されていますので、興味のある方はご覧下さい → トピックス 132)。

ISFA会員であった故モウド女史 (トピックス 067) は、地元シドニーの子ども病院へ「あやとり」を教えに行っていたそうです。事の始まりは、女史の “そちらの病院で「あやとり」を教えたい” という電話での申し出。これを聞いた病院関係者は何のことか分かりません。で、女史は病院で関係者を交えてあやとり講座を開きます。「あやとり」が手指の訓練に有効であることや、寝たきりの子供たちのちょっとした気晴らしになることが理解され、週2回の「あやとり教室」が開かれることになります。その後の数年間、他の病院へも出向き、生徒の総数は約40名に達したそうです(*)

患者にリラックス感を与えるのは看護の基本でもあります。「あやとり教室」のような本格的なやり方でなくとも、紐一本あれば子供たちやお年寄りにちょっとした気晴らしを与えることができるのではないでしょうか。今回の「みんなであそぼ」が、看護学生の皆さんが「あやとり」に興味を持つきっかけになればと思います。

(*) Mark Sherman (1998) "Honor C. Maude - a tribute to the world's foremost authority on Pacific Island string figures", BISFA vol.5: pp.10
Henry Rishbeth (1996) "They Always Carry String", Letters to the Editor, BISFA vol.3: pp.177-179
TS & Ys

十二支のあやとり -5 2006/01/01

明けましておめでとうございます。恒例の十二支あやとり、今年は「イヌ」のあやとりを紹介します。

極北圏 (シベリア・アラスカ・カナダ・グリーンランド) には、「犬」のあやとりが数多くあります。厳しい自然環境の下、人々の暮しを助ける犬は家族の一員として大切に扱われてきました。この地方から、シベリアン・ハスキー、カナディアンイヌイット (エスキモー) 犬など優れた犬種が生み出されてきたことは皆さんもよくご存知でしょう。今日では、スノーモービルや雪上車が普及して、犬の生活も少しは楽 (?) になってきているようです。

長い年月、「犬ぞり」を移動・運搬の手段に用いていた人々にとってはおなじみの光景「そりを引く犬」。同じ趣向のあやとりが二つあります—「そりを引く犬12」。どちらも出来上がりパターンからさらに続けて、犬がそりをひっくり返して逃げていく様を表現しています。

たづな付きの犬」は、犬の手綱だけがスポッと外れる面白いあやとり。二匹の犬が餌を食べている場面を描いたパターン (「椀の餌を食べる2匹の犬」) や、犬だけを描いたあやとり (「」、「犬・オオカミ…」) もあります。犬に見えるかどうかは、皆さんの想像力にかかっています。

最後に、もっとも「犬」らしく見えるあやとりを紹介しましょう。カナダのコッパー・イヌイットだけが伝承してきた「耳の大きな犬」。これは、顔・耳・胴体・足・しっぽがはっきりと見分けられます。さらに、枠の糸を上手に操ると、犬が右に駆け寄ります。その動きは何度も繰り返すことができるのです。難しい取り方ですが、チャレンジしてみて下さい。

今年も皆様のご協力を得て、あやとり情報の発信を続けたいと思っています。よろしくお願いいたします。

TS & Ys

『聊斎志異』 2005/11/12

中国ではここ数年あやとり本の刊行が相次いでいます (トピックス 108)。残念ながら、その内容は日本のあやとり本の焼き直しのようであり、見慣れたパターンばかりが並んでいます。この種の本を見る限りでは、どれが中国固有のあやとりなのかを判別することはできません。しかし、中国でもあやとり遊びが伝承されてきたことは間違いありません。近年には、ISFA会員の W.Wirtさんが、チベット (ラサ) や雲南地方 (ターリー) で、伝承あやとりを収集しています(*1) → 「日の出」。また、「ふたりあやとり」が17世紀に知られていたことを示す証拠があります。今回はその中国のあやとりについての最古 (?) の文字資料を紹介します。

それは、清朝時代の短編志怪小説集『聊斎志異 りょうさいしい』。著者は山東省の人、蒲松齢 (1640-1715)。科挙 (官吏登用試験) に通らず、故郷で不遇の一生を終えた人のようですが、この一作だけで今日までその名を留めています。明朝末期から清朝初期の時代、巷間に伝わる怪異談を聞き集め、短編小説に仕立てたのがこの作品。古来より中国には同じ趣向の書が数多 (あまた) ありましたが、最もよく読まれたのはこの書とのこと。多くの愛読者を獲得したその魅力について、明治~昭和前期の漢学者公田連太郎は、その文章の素晴らしさに加えて「その載するところの妖怪には、暖なるゆかしき人情味を備えたる、親しむべき愛すべきものが多いのである。…」(*1)と述べています。本朝へも江戸中期に伝えられ、この作品を手本とした人情味のある妖怪怪異譚が次々と世に現れるようになりました(*2)。また、この書は当時の風俗習慣を知る上でも貴重な資料と言われています。

さて、その『聊斎志異』に「あやとり遊び」の情景が描かれていることは、江戸中期の京都の儒学者村瀬栲亭が『芸苑日渉』(1807年刊行) に記しています(*3)。この書、筆者は未見ですが、『故事類苑』遊戯部(*4)に、「絲操」の見出しでその記述が引用記載されています:

「交綫戲」〔芸苑日渉 五〕
交綫戲此云線操[イトドリ]、聊齋志異曰、梅女曰、長夜莫遣、聊與君為交綫之戲、封雲亭従之、(以下略)

このように、村瀬は「交綫戲 (こうせんのぎ)」が「いとどり=あやとり」のことであると述べ、出典として『聊斎志異』の「梅女の巻」の文章を記しています。

では、その場面をダイジェストでご紹介:

旅の男(封雲亭) に ‘難’ を打ち明けたのは、すでに此の世のものではない娘 (梅女)。封は娘の願いを叶えます。時を経てのある一夜、梅女が封のところへ現われます。お礼の挨拶もひとしきり、あとは女と男二人の夜長、飲み食いするわけでもなく、双六のような遊び道具もなく…。間を持てあました梅女は、紐を取り出し、「交綫之戲」に誘います。二人は膝を突き合わせ、“指を戟 (げき) にして(*5)” 糸を取り合います。封が取れなくなれば、取り方を “顎を使って” 教えることも。封はただ言われるままに糸を取り上げるだけで、次々と形を変える糸の ‘あや’、そして梅女の技に感心することしきり。最後に梅女は「これは私が思いついたの。二本使えばいろんな文 (あや) ができるのに、誰も知らないの」と言います(*6)

“顎を使って” 相手に取り方を教えることは誰しも経験のあること。この一連の描写から、「交綫之戲」が「ふたりあやとり」であることは明らかです。そして、当時「ふたりあやとり」が男でも少しは取り上げることのできるよく知られた遊びであったことも窺えます。また、作者蒲松齢の身近には、2本の紐を使った遊び方を知っていた女性がいたのかもしれません。

最後になりましたが、二十数年前に一人のあやとり研究者が、その著書の中で、この「梅女」のアイデアを再現しています(*7)。皆さんも、同じ長さの色違いの紐2本を用いて「ふたりあやとり」を楽しんでみてはいかがですか。今まで見たことのない美しい形が現われるかもしれませんよ。

(*1) 公田連太郎「聊斎志異開題」:『聊斎志異』 田中貢太郎 訳、公田連太郎 注、1997、明徳出版社 (原著:『支那文学大観 第十二巻 (聊斎志異)』支那文学大観刊行会 1925):pp.2-3
(*2) 本国での最初の出版は 蒲松齢の没後の1776年。
(*3) 村瀬栲亭[むらせ こうてい]編著 (1807)『芸苑日渉 げいえんにっしょう』 (全十二巻)。著者は博識の儒学者。この書は様々な事物の考証を主題とする随筆集。表題の「芸」の字、『故事類苑』では異体字の「禾 (のぎへん) に丸」。
(*4) 『故事類苑』—遊戯部十七 遊戯雑載、吉川弘文館、(1969):pp.1231
(*5) 「戟」は『三国志』にも記述のある長い柄の先に2本の刃の付いた武器のこと (「矛 ほこ」は1本刃)。その刃、一つは上向き、一つは横向きに取り付けられている。その形状が、「網」・「川」などのパターンを広げた時の親指と人差指の状態に似ていることから「指を戟にして」となる。
(*6)

話の方は「封は益々梅女が慕はしくなり…」と成り行くのですが、後は読んでのお楽しみ。『聊斎志異』の邦訳書の中には「梅女の巻」が収録されていない本もあるのでご注意を。上記明徳本は未収録。この稿では下記の書を参考にしました。

蒲松齢 作、柴田天馬 訳 (1969)『完訳 聊斎志異 二』角川文庫:p199-209

この文庫は絶版ですが、その合本版は入手可能:『ザ・聊斎志異—聊斎志異全訳全一冊』(2004/07) 第三書館:p139-142

(*7) 有木昭久 (1981)『あやとり入門』保育社: pp.93-93, 141-143

★中国語サイト《MY RICE》では全編が公開されています。中国語 (簡字体・繁字体) 表示ブラウザで ‘眺めて’ みるのもまた一興。興味のある方は「黄金書屋 分類ページ 古典文学」→「古典小説」→「長編小説」→「聊斎志異 (蒲松齢)」→「巻七梅女」へ。すでに存在しません

Ys

造形おもちゃ「モアレ」・「ツヅミ」 2005/10/19

『おもちゃtown第2号』(*1)には、自然素材で作られたおもちゃ330点が紹介されています。その中の「パターンあそび」に、「モアレ」、「ツヅミ」という木製のおもちゃがありました (pp.91、Mtoys 松島洋一氏作(*2))。とくに前者はなかなかネーミングが素敵です。

「モアレ」は3枚の方形の板を底面と側面2枚に接合した形、「ツヅミ」は2枚の円板を細い筒で繋いだ ‘つづみ’ の形をしています。それぞれの辺縁の部分に溝が多数彫られています。この溝に2本の色ゴム輪を引っ掛けていって、線を交差させてパターンを作って楽しむものです。

これはあやとりではありませんが、ループで線状の模様を作る過程を楽しむ、ループの手触りを楽しむ、そして、出来上がりパターンを楽しむ、という意味であやとりを思わせるものでは、と感じられました。

あやとりのディスプレイ」で取り上げたあやとりの展示方法は、平面的なパターンにしか使えません。しかし、このおもちゃの手法を応用すれば、立体的なディスプレーも可能になるのではないでしょうか。

(*1) 『おもちゃtown第2号』(2005/10) —「月刊クーヨン11月号増刊」、クレヨンハウス
(*2) 「おもちゃ作家のアトリエから」として氏の紹介記事も掲載されています (pp.42-43)
★氏のウェブサイトは こちら:Mtoys アトリエの木のおもちゃ→作品集→「モアレ」・「ツヅミ」現在はこのようには辿れません
TS

『暮しの手帖』のあやとり記事 2005/10/05

9月24日発売の 暮しの手帖 18号(*1)に、あやとりの記事が載っています。「世界は一本の糸でつながっている あやとり地図」(pp.68~69) では、大航海時代風の世界地図に各地のあやとりが描かれています:ベーリング海峡のディオメデ島で採集された「シベリアの家」、ネイティブ・アメリカンが伝えてきた「うさぎ」、日本伝承の「雲とお月様」、ハワイの「赤ちゃん」、ニューヘブリディーズ諸島 (現バヌアツ) の「ライアの花」、そして、アフリカからは「バトカ峡谷」。

また、「あやとりは世界をめぐる」(pp.158~159) には、野口氏のあやとり話と、上述の「シベリアの家」・「バトカ峡谷」の取り方が掲載されています。なお、ナウル島の「あやとりオリンピック」については、トピックス 098 切手に描かれたあやとり -5 ナウル をご覧下さい。

「あやとりは日本だけの遊び」と思っていた読者諸氏には、ちょっとした驚きであったかもしれません。このような楽しい記事・イラストを企画・作成された担当者の方々にお礼申し上げます。

(*1) 暮しの手帖 第4世紀18号 (2005年9/10月号)、暮しの手帖社
TS & Ys

〔追記 その1 2006/04/02

2006年03年25日発売の 暮しの手帖 21号(*2)に、季節にふさわしく「春のあやとり」として「蝶4種」が紹介されています (66~69頁):「二匹の蝶」・「バタフライ (ナバホの蝶)」・「やさしいちょうちょ (蝶々II)」・「ちょうちょ (彦根の蝶)」。このうち、「バタフライ」と「ちょうちょ」は取り方も紹介されています。

(*2) 暮しの手帖 第4世紀21号 (2006年4/5月号)、暮しの手帖社
TS

〔追記 その2 2006/07/28

今回の「世界は一本の糸でつながっている」では、日本の夏の風物詩である「あさがお」・「」・「いなずま」が広重風のイラストで紹介されています(*3)。「蚊」や「いなずま」は海外のあやとりですが、1970年代のあやとり本で紹介されて以来、広く知られるようになりました。とくに、トリックのような遊びもある「蚊」は、‘日本のあやとり’ として定着してきたようです。

同じように、‘日本のあやとり’ と化した海外のあやとりに「かめ」や、18号に載った「うさぎ」などがあります。

(*3) 暮しの手帖 第4世紀23号 (2006年8/9月号)、暮しの手帖社
TS & Ys

スペースシャトルで「あやとり」 2005/08/07

7月26日スペースシャトル・ディスカバリー号が打ち上げられ、12日間多くのミッションをこなしました。明日の帰還を前に、日本時間8月7日、乗組員である野口聡一さんから、「宇宙から日本の子供たちへのメッセージ」が送られてきました。

リラックスした表情の野口飛行士は、「宇宙のこと、未来のこと、自分の持っている夢のこと考えて楽しく過ごしてください」とのメッセージとともに、無重力空間で、折り鶴を飛ばしたり、折り紙を組み合わせて作った立体を回転させたりしました。あやとりでは、「橋=四段ばしご」を作り、「指輪抜き」のトリックを演じていました。このトリックは、最後に指輪が下に落ちるのですが、無重力空間では、指輪代わりのリング状の物体 (スコッチテープ?) が糸の輪から抜け出し、浮かんでいました (以上は、8月7日夜のNHKニュースから)。

無重力空間で、あやとりの出来上がりパターンを手放すとどのように漂うのでしょうか。ふと、そんなことを考えました。

なお、このビデオ映像は《宇宙航空研究開発機構》のサイトで見ることができます (RealPLayerが必要)。ビデオライブラリ:ミッション中のページにある一覧リストから「野口宇宙飛行士 軌道上からのメッセージ[4分35秒]映像提供:NASA」画像あるいはPLAYをクリック。

TS

〔お知らせ 2011/04/03

ビデオ映像へのアクセス方法が変更されています。 《宇宙航空研究開発機構》→「アーカイブス」→「JAXAデジタルアーカイブス」にあります。こちら → "Astronaut Soichi Noguchi's Message for Japanese Kids Edited Version" (3分27秒の短縮版)。再生には Windows Media Player が必要です。さらに変更されているようです

〔追記 2005/10/25/2005

10月23日「宇宙の日」、宇宙航空研究開発機構 (JAXA) の筑波宇宙センターで、野口宇宙飛行士の特別講演会がありました。8月7日スペースシャトル・ディスカバリーから発信された「日本の子どもたちへのメッセージ」の裏話、「一番難しかったのは、糸をゆるめるとふわっと浮き上がってしまうあやとりだった」(「野口飛行士 子供と交流」朝日新聞茨城版10月24日) そうです。映像では楽々と作っているように見えたのでちょっと意外でした。やはり、「無重力空間」は体験してみないとわからない世界ですね。

Ys

「あやとり」の発祥地 2005/08/03

先日、エキサイト・ジャパンのライターの方から、「あやとり」の発祥地についてのお尋ねがありました。この話題は《あやとりは日本の遊びではなかった!?》(Excite Bit 07/30) として公開されています。執筆者の体験談も交えた面白い読み物になっていますので、あやとりに興味のある方はご覧下さい。こちらのトピックスでは、掲載されている当方のコメントの補足を記しておきます。


私たち人間には人類進化に伴って発達してきたさまざまな精神・身体活動があります。たとえば、《歌うこと》もその一つです。《歌うこと》それ自体に発祥の地はありません。《あやとりすること》の場合も同様と考えられます。

‘糸’ (植物の茎・樹皮などの繊維、動物の腱をなめした紐など) を手指に絡めたり引っ張ったりすることは、大昔から自然発生的に世界各地で行われていたでしょう(*)。その手遊び (てすさび) から簡単なトリックが生み出され、さらに 両手で作るパターンへと発展していったと思われます。「《あやとりすること》それ自体は、ある特定の個人・社会によって発明されたのではない」と考えるべきでしょう。

さて、《歌うこと》からは、「祈りの歌」・「仕事唄」・「遊び唄」のような〈歌〉が無数に生み出されてきました。そのような〈歌〉の一つ一つには (作者は不明であっても) 発祥の地があります。

「あやとり」の場合、その〈歌〉に相当するのは個々の〈あやとりパターン〉です。ですから、「あやとりの発祥地」を知りたいと思うのであれば、個々の〈あやとりパターン〉について調べねばなりません。しかし、「あやとり」についての18世紀以前の文字・画像資料はほとんど皆無であり、個々の発祥地を明確に証明することは不可能です。

私たちにおなじみの「ふたりあやとり」も〈あやとりパターン〉の一つと見なされます。「17世紀の中国か日本が発祥地?」というのは、文献資料に基づく「ふたりあやとり」の起源の話であり、まだまだ想像の域を出ません。また、「四段ばしご」は世界各地から報告されています。その最後の展開方法に特徴があることから、一人の ‘創作者’ がいた可能性がありますが、その発祥地や伝播ルートは千古の謎と言えましょう。

しかし、すべての〈あやとりパターン〉の発祥地が不明というわけではありません。個々の〈あやとりパターン〉の中には、その取り方に特徴のあるものがかなりあります。たとえば、ネイティヴ・アメリカンに伝わる始め方「ナバホの構え」や、ナウル島独自の終わり方「エオンガツバボ」;また中間段階にも、極北圏の「カティルイク (katilluik)」のような、その地域独特の手法が知られています。このような特徴を手掛かりに取り方を詳細に分析することで、その発祥地をほぼ確定できる〈あやとりパターン〉もあるのです。

最後に、〈バリエイション・パターン〉について。〈歌〉には編曲や変奏曲があります。あやとりで言えば、伝承・創作の取り方を一部変更すること (完成形は変化なし) が編曲に当たりましょう。また、「四段ばしご」から創り出された「五段・六段はしご」や「交わりだけの四段ばしご」は「四段ばしご」の ‘変奏’ パターンと言えます。この種の〈バリエイション・パターン〉は「唯一の発祥地があり、そこから伝播/伝承されてきた」のではなく、「今日まで世界各地で何度も生み出されてきた」と考えられます。子どもの頃、「四段ばしご」をマスターしてそれだけでは物足らず他の段数のはしごパターンを創り出そうと試みた方もおられるでしょう。個々の〈あやとりパターン〉には、この〈バリエイション・パターン〉も数多く含まれています。

一応 このように結論できます:

  1. 《あやとりすること》それ自体には特定の発祥地は存在しない。
  2. 個々の〈あやとりパターン〉には特定の発祥地が存在するパターンもあり、存在しないパターンもある。

会員の間でも、「あやとりの発祥地」については充分に議論されていません。以上は筆者個人の見解です。「あやとり」の起源について、改めて考えるキッカケを与えていただいたAさんに感謝いたします。

(*) ジョナサン・キングドン (1995)『自分をつくりだした生物:ヒトの進化と生態系』管啓次郎 訳、青土社
著者は「蔓 (つる) や自然のロープあるいは紐のようなものの使用は、ヒトの文化の進化にとって石器の使用と同じくらい重要なものだった」と述べています (pp.82)。そして、先史時代から「あやとり」が行われていたと考えているようです (pp.83-84)。
Ys