Last updated: 2026/02/06

あやとりトピックス 271-280

なぜ夜に誰もあやとりをしないのか 2026/02/06

19世紀末からの極北圏の探検調査で、多くの言い伝えやあやとりが採集されました。「トタングアク (tûtanguaq)」というあやとりは、アラスカ、カナダからグリーンランドまで広く知られていました(*1)。それに伴う伝承も各地でいろいろ変化はありますが、概ね同じような内容で伝わっていました。D. Jenness(*2)の報告の全訳が あやとりの精霊「トタングアック」 にあります。ここでは、そこで紹介されているもの以外のあやとりにまつわる伝承をいくつか紹介します。

K. Rasmussen(*3)は、1902年以降7回に渡って、グリーランドやカナダ極北圏でイヌイットの文化や起源を探るための探検調査を行ないました。彼は報告書(*4)で、沢山の伝承(多くはタブー)を列挙しています。

冬の暗い時期は食料の調達が非常に困難なため、厳格なタブーの時期とみなされています。娯楽としては、暗い時期にアザラシ狩りのキャンプであやとりをすることのみが許され、明るい時期にのみ行なわれるエスキモーの遊び「リングとピン(*5)」は決してしてはならない。
(pp.167)
トタングアクはあやとりの精霊です。その名は同名のあやとりに由来します。この精霊は時に女性を襲い、あやとり遊びに夢中になりすぎると連れ去られてしまうこともある危険な精霊なのです。
昔、夜になっても眠らずに起きて、寝床の上であやとりをしている子供がいました。すると、トタングアクがやって来て、自分の腸を糸代わりにして、同じようにあやとりを作り始めました。そして、あるあやとりを作っている途中で、突然こう言いました。
「どちらが早くトタングアクを作れるか勝負しよう」
家の人たちは眠っていたので、トタングアクは大胆でした。彼は先にあやとりを作り、まさに子供に襲いかかろうとしたその時、眠っていた男の人が突然目を覚まして起き上がったのです。驚いたトタングアクは飛び上がり、廊下を通って逃げ出しました。男の浅い眠りのおかげで、子供は連れ去られるのを免れたのです。
(pp.248)

子供だけで恐ろしい精霊から逃れるには、彼よりも早くトタングアクを作るしかありません。今日でも、このあやとりはなるべく早く作るように競われているようです(*8)。 また、M. R. MacDonaldの『明かりが消えたそのあとで — 20の怖いお話』にある「トタングワック」は、この話をアレンジしたものです。

M. Lantis(*6)は、アラスカ西部のヌニヴァク島(Nunivak)で、1939~40年に文化や神話などの調査を行ないました。彼女の報告書(*7)にも多くの伝承が記録されています。

冬は子供たちがおもちゃを屋外に持ち出してはいけない。嵐になるから。男性や少年はあやとりをしてはならない。誰も屋外、夜間、夏にあやとりをしてはならない。男性があやとりを作れば狩りに出た時に銛の紐が絡まってしまい、女性が夜間に作ればあやとりの精霊を怒らせる。
(pp.203)

しかし、実際は、ほとんどの男の子や大人の男性はあやとりに付いている歌を知っており、中には自分であやとりを作る方法を知っている人もいました。現代では昔の迷信を信じる人も少なくなっているようです。

次は『なぜ夜に誰もあやとりをしないのか』と題した逸話です。

夜になるといつもあやとりをする少女がいました。両親はそれをしてはいけないと言っていましたが、彼女は気にせず、好きなだけあやとりをしていました。 ある冬の夜、彼女は人里離れた小屋で過ごしました。彼女がランプに火を灯すと、炎は奇妙な形になり、暗くなっていきました。ドアから霧が入り込み、濃くなり、男が現れました。その男は、赤ん坊の腸を手に持ち、その先には頭蓋骨が紐でつながれているかのようにぶら下がっていました。彼は言いました。
「あやとりをしよう。どちらが勝つか見てみよう。早く作った方が負けた方を食べる」
少女は、草でできた靴紐をほどく間待って欲しいと頼みました。彼女は靴紐を取り、一度だけひねって、まるであやとりのように両手で持ち上げて言いました。
「ほら、もうできたよ」
すると男の精霊は「アイー!」と叫んで去っていきました。
少女は怖くなって外へ出てみました。明るい月明かりが差し込んでいて、川の向こうには砂丘が広がっていました。精霊が川を渡り、砂丘に向かっているのが見えました。 少女は家に帰ろうとしましたが、途中で具合が悪くなってしまいました。家に着くとすぐに、自分が見たものを話しました。するとすぐに、人間の皮膚のかけらを吐き始めました。あやとりを先に作ったので、知らず知らずのうちに精霊を食べていたのです。そして翌日、少女は死にました。
(pp.293)
(*1) 「トタングアク (tûtanguaq)」という呼び名も各地でばらつきがあります。
(*2) Diamond Jenness (Wikipedia)
(*3) Knud Johan Victor Rasmussen (Wikipedia)
(*4) K. Rasmussen (1931) "The Netsilik Eskimos, social life and spiritual culture"
(*5) "Ring-and-pin" ピンや棒に鹿などの角や骨の輪を紐で繋げたけん玉のようなおもちゃ。
(*6) Margaret Lantis (Wikipedia)
(*7) M. Lantis (1946) "Social Customs of the Nunivak Eskimo"
(*8) G. Mary-Rousselière (1969) "Les Jeux de Ficelle des Arviligjuarmiut" pp.124
k16@ISFA

アボリジニのあやとり「オオトカゲ」 2026/02/01

シシドユキオさんの『あやとり』の最後の方にアボリジニの女性が取っている「オオトカゲ」というあやとりの写真が掲載されています。取り方は載っていません。気になったので取り方を調べてみました。なお、その写真はオーストラリア国立大学の R. McKenzie博士によるもので、こちらからオリジナルの写真を閲覧できます。

オーストラリア先住民アボリジニのあやとりについて トピックス 174 に解説があります。 1948年に人類学者の F. McCarthy(*1)は、オーストラリア北部のイリカラ (Yirrkalla) で多くのあやとりを採集しました(*2)。 McCarthyの記述は難解で不正確だったため、ISFAはこれをほぼすべて解読してBISFA-2で公表しました。

McCarthyの大規模なコレクションがあやとり標本などと共にシドニーのオーストラリア博物館に収蔵されていることを知った McKenzieさんは、このコレクションを地元のコミュニティと結び付けたいと考え、2008年から2012年にかけて何度もイリカラを訪れ、何人かの年配の女性たちと交流しました。McCarthyの採集当時子供だった彼女たちは、大人になったらあやとりを作らなくなっていました。そこで、忘れられていたあやとりを思い出すプロセスに辛抱強く取り組んだのです(*3)

その中で、2010年に Mulkun Wirrpandaさんから採集したあやとりのひとつがこの「オオトカゲ (Biyay/Goanna)」です。このあやとりは、3段ばしごに似ていますが、ダイヤモンドの間がすべて絡みになっています。そのようなあやとりは伝承では多くありません。次のようなものがあります。

「オオトカゲ」は、McCarthyのコレクションには含まれていません。Davidson(*6)など他のオーストラリアのコレクションにも見つかりません。McKenzieさんのサイト(*3)にも取り方が見当たらないので、彼女に問い合わせたところ、忙しい中、親切にも当時の記録映像を探し出して共有してくださいました。その映像によると、取り方は McCarthyのコレクションにある「3つの小屋 (Three Huts)」から始まるものでした。 ⇒ 取り方はこちら

(*1) Fred McCarthy (Wikipedia)
(*2) F. McCarthy (1960) "The String Figures of Yirrkalla"
(*3) Remembering the string figures of Yirrkala
(*4) G. Landtman (1914) "Cat's Cradles of the Kiwai Papuans, British New-Guinea"
(*5) L. A. Dickey (1928) "String Figures from Hawaii"
(*6) D. S. Davidson (1941) "Aboriginal Australian String Figures"
(*7) H. C. & H. E. Maude (1958) "String-Figures from the Gilbert Islands"
k16@ISFA

スマホ用あやとりアプリ 2026/01/27

皆さんは、あやとりを学ぶとき、参考書やネット上の動画などを参照することがあると思います。そのとき、誰しもが次のような不便を感じるのではないでしょうか。

このような悩みを解決してくれるスマホ用のアプリ「あやとり ハンズフリーガイド」が登場しました。操作は「音声」で行なうので、行ったり来たりが自由自在です。作者浜谷氏による YouTubeチャネルでも紹介されています。次からダウンロードできます(無料、アプリ内課金あり)。

🍎 iOs App Store
🤖 Android Google Play
k16@ISFA

「あやとり」のディスプレイ その2 2026/01/15

苦労して作った美しいあやとりは、多くが指から放れた瞬間に跡形もなく消えてしまいます。その儚さもあやとりの魅力だと言えますが、誰しもがその儚い造形を永遠に留めておきたいと願うでしょう。いろいろな人がいろいろな方法を考案しています。

トピックス 130 でコルクボードにピン止めする方法が紹介されています。今でも多くの人がピン止めしてあやとりを展示しています。しかし、観察すると糸をピンに掛けるようにピンを使っているようです。ピンは糸に刺すのがお勧めです。そうすることで、糸の張りの状態を維持することができます。

あやとりの映像記録がお手軽ではなかった時代、収集家たちは現地で作ってもらったあやとりを紙に貼り付けたりして保管していました。それらは今でも博物館などに標本として収蔵されています。残念ながら、台紙から剥がれ落ちてしまったり、張りが緩んで歪んでしまいオリジナルの美しい造形が保たれていないものも少なくありません。次は Europeana Collections にある一例で、1933年にアルゼンチンで採集されたものです。(*1)

"A Quebracho Tree" from Europeana Collections

F. R. Paturi氏は、どうやったらあやとりを美しく保存できるかを考え、専用の道具を作りました。(*2)

cited from "Schnurfiguren aus aller Welt"

この道具を使って、次のように標本を作ります。作ったあやとりを慎重に指から外してフレームの中央に置き、各所をゴムで引っかけます。あやとりが綺麗に張れたら、糸にポリウレタン樹脂ワニスを塗ります。この塗料は時間がたつと硬化する性質があります。十分に硬くなったらあやとりを取り出します。これで、カチカチになった次のようなあやとり標本ができます。

"A Quebracho Tree"
"A Flock of Kingfishers"
(*1) Europeana Collections
(*2) F. R. Paturi (1988) "Schnurfiguren aus aller Welt"
k16@ISFA

「そりを引くトナカイ」 2025/12/24

クリスマスということで、「そりを引くトナカイ」は、以前 トピックス 083 でも取り上げられました。

cited from "ISFA"

カナダ極北探検隊(Canadian Arctic Expedition)に同行していた D. Jennessは、1914年にアラスカのバロー岬 (Point Barrow)沖の国境付近で氷に閉じ込められた蒸気捕鯨船に乗船していた船員からあやとりを採集しました。その船員はシベリアのインディアンポイント (Indian Point)のエスキモーでした。このあやとりは、その中のひとつです。

Jennessの説明では、右が「トナカイ」、左が「そり」です。しかし、示されている図はひっくり返っています。

cited from "Eskimo String Figures"

そうすると、右とはこの図に対してでしょうか、正しいできあがりに対してでしょうか。また、取り方の説明中に、「トナカイの右の水平の糸の上」という表現が出て来ます。これは最初の図の矢印の部分を指します。これでは左が「トナカイ」ということになってしまいます。しかし、最後に「左にそりが残り、トナカイは右に消える」となっているので、やはり左は「そり」なのか?

このようなわけで、どちらが「トナカイ」かという混乱が生じています。おそらく、

ということでしょう。つまり、正しいできあがりに対して、右が「トナカイ」、左が「そり」です。 取り方は こちら (ISFA会員のみがアクセスできます)

k16@ISFA

「耳の大きな犬」 2025/12/23

「耳の大きな犬」は大変人気のあるあやとりで、あやとりを始めた人の多くが最初の目標にするあやとりです。皆さんは、このあやとりを次の図のように取っているでしょう。犬は右から左に走ります。

cited from "SFM 1-4"

このあやとりは、D. Jenness(*1)によってコパーイヌイットから採集されました。著名な人類学者である氏はカナダ極北探検隊(Canadian Arctic Expedition)に同行し、1913~16年に調査活動の一環として多くのあやとりを採集しました(*2)。そのうち2年間はコパーイヌイットと共に生活しました。「耳の大きな犬」はそこで採集されたあやとりのひとつです。

その犬は、皆さんが知っているのとは逆に左から右に走ります。つまり、左右の手を逆にして取るのです。

cited from "Eskimo String Figures"

オリジナルとは逆の犬が普及したのは、ISFAが紹介するとき、あえて左右を反転して紹介したためのようです(*3)。このあやとりは、複雑な操作をほとんど片方の手で行ないます。ISFAでは右利きの人の便宜のために操作を右手で行なうように変更したのです。現在のほとんどのあやとり教本は右手で行なう「耳の大きな犬」を紹介していると思います。 取り方は こちら (ISFA会員のみがアクセスできます)

ISFAでは、Jennessなどの採集した極北圏のあやとりを平易な文章に編集して現在の記法に改める取り組みを以前から行なっています(*4)。が、いまだ未完成です(*5)

(*1) Diamond Jenness (Wikipedia)
(*2) D. Jenness (1924) "Eskimo String Figures"
(*3) ISFA (1996) "String Figure Magazine Vol.1, Dec"
(*4) Jenness's Eskimo String Figures (ISFA会員のみがアクセスできます)
(*5) 「極北圏のあやとり」プロジェクト
k16@ISFA

バレエ『リーズの結婚』 その2 2025/12/15

トピックス 120 に、バレエ『リーズの結婚』についての紹介記事があります。このバレエは、あやとりの登場する演目としても知られています。どのような演目かはそちらのトピックスを参照していただくとして、このあやとりの場面を YouTube で見ることができます。英国ロイヤルバレエ団による第一幕です。いつの公演かはわかりませんが、ここでもあやとりパターンが現れた瞬間、観客が「おおー」と歓声をあげています。

k16@ISFA

あやとりの構造原理を応用した空間デザインの卒業作品紹介 2025/11/20

あやとりをテーマとした大学卒業作品「あやとりパターンを用いた紐の編組による空間構成の提案」(小湊祐奈、宮城大学)が、2025年日本インテリア学会(JASIS)卒業作品展にてWeb公開されました。

JASIS卒業作品展は、日本インテリア学会が1994年から開催している企画で、建築・デザイン・家政・生活・環境など多様な分野の優れた卒業作品が集まる展示会です。その中で「あやとり」を扱った作品が登場したことは、あやとりの造形性や構造性への新たな視点として大変興味深いものです。

本作品では、あやとりの編組原理に着目し、ロープと3Dプリント製アタッチメントを用いて、即時的かつ可変的にあやとり構造を空間に固定する手法が提案されています。さらに、避難所や仮設イベント会場などの利用シーンを想定し、模型によってその活用例が可視化されています。

本作品の制作にあたり、あやとりの分類や過去の事例調査について、協会会員の石野、及び加藤がご協力させていただきました。

あやとりの新たな構造的魅力を示した本作品は、異分野への広がりを感じさせるものです。今後もインテリアやデザインとの接点を通じ、あやとりの可能性がさらに広がることが期待されます。

本作品の詳細な制作意図や設計プロセス、模型の写真等につきましては、上記リンク先よりご参照ください。

報告:加藤直樹@ISFA