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あやとりトピックス 111-120

バレエ『リーズの結婚』 2005/03/27

あやとりメーリングリストに、“テレビで「バレエ」を見ていたら「あやとり」が現れた” という情報が寄せられました。そのバレエは、2月19日にイギリスBBC2で放映された、『La Fille Mal Gardee (ラ・フィーユ・マル・ガルデ)』(英国ロイヤル・バレエ団の上演) です。このバレエ作品のビデオを入手しましたので、その話題を取り上げます。

『ラ・フィーユ・マル・ガルデ (わがまま娘)』は、18世紀の牧歌的なフランス社会を描いたコメディ・バレエで、1789年に初演されました。1828年、パリ・オペラ座公演に際し、フェルディナン・エロール (1791-1833) が新たに作曲して、広く上演されるようになりました。邦題は『リーズの結婚』。農園主の未亡人シモーヌは、自分の娘リーズを裕福な農夫のエキセントリックな息子と結婚させようとしています。しかし、リーズには恋人がいて…という物語です。

このビデオ版は、オーストラリアン・バレエ (The Australian Ballet) の劇場公演です(*1)。「白鳥の踊り」ならぬ、鶏のコスチュームで踊る「チキンのダンス」、他にも、タップダンスを思わせるような「木靴の踊り」や、棍棒、鍬、鎌、傘などなどの小道具をふんだんに登場させるなど、農村を舞台にしたバレエならではの演出です。舞台効果を最も盛り上げているのがリボン。交差させたり、楔[くさび]型やダイヤ型を作ったり、高い棒 (maypole) にたくさん括り付けて放射線状に垂らし、それを多数の人々が手に取り棒の周りを円形状に回る、はたまた、輪郭や鞭[むち]・手綱[たづな]を構成することで、荷馬車をイメージさせたり…。

「あやとり」もこのリボンによって作られます。第一幕「農園の夜明け」、リーズと恋人コラスが、一本のリボンの端を各々手に取り、リボンを巻き付け合ったりして踊ります。それから、リボンの端を結び合わせてループにして、胴体にそれぞれの近くのリボンを一回巻き付けます。次に、互いに相手の腹のループを首に掛け合います (A)。そして、そのリボンループを身体からはずし、二人が両手でループを広げます (B)。ここで、(A) は「Cat's cradle (猫のゆりかご)」のはじめの形「ゆりかご」、(B) は「兵士のベッド (日本では、「あみ、たんぼ」)」です。つまり、「ふたりあやとり」の最初の形から次のパターンへの変身を、二人の共同作業 (各々が左手部分・右手部分を担当) で「ひとりあやとり」として演じているわけです。(B) のパターンが現れた瞬間、観客も「おおー」と歓声をあげました。

1960年に英国ロイヤルバレエ団の著名な振付師・演出家、フレデリック・アシュトン卿がこの作品を大幅に翻案、その成功によりバレエ界の人気演目の一つとなりました。ISFA会員の話では、「あやとりのダンス」もこのアシュトン演出によるそうです。

外国のビデオを入手しましたので、見る前は「これは、わかるのかな」と思っていました。ところが、セリフは全くなしの音楽とバレエだけでしたので、言葉の壁もなく、しかもスピーディな展開に、1時間40分あまりの舞台をほんとうに一気に見てしまいました。これまで、バレエ鑑賞とは無縁だったのですが、思いがけぬことから楽しむことができました。

(*1) 1989年6月20日、メルボルンのビクトリアン・アーツ・センター (the Victorian Arts Centre) での公演。販売元は Kultur Video

〔追記 2007/05/27

『フレデリック・アシュトンのラ・フィーユ・マル・ガルデ』(英国ロイヤル・バレエ団)、リージョン2 (日本向け) のDVDが2007年3月に発売されています。

TS

あやとり描画ソフト 2005/03/14

あやとりメーリングリストでは、あやとりに興味のある人がメンバー登録して情報交換 (英文メール) をしています。そのサイトで、グループに登録すれば、ファイル (画像・ソフト) のやりとりもできます。そこにアップロードされているソフトに、Mizz氏の「あやとり描画ソフト:string_fp」があります。今回は、このソフトの紹介です。

このソフトを立ち上げますと、左のような方眼紙画面が現れます。この画像では表示されていませんが、全画面の左下端の座標は (0,0)、中央点は (300,300)、右上端は (600,600) です。この範囲内で、点のX座標・Y座標を指定して、各点を結んでいく — それがこのソフトの機能です。

具体的な手順を簡単に述べますと;はじめに、このソフトを立ち上げ、エクセルファイル (たとえばファイル名 "Diamond") もダウンロードして開きます。上の方眼紙の一点にカーソル位置を合わせクリックすれば、ソフトのテキストボックスにその位置の座標値が表示されますので、その値をエクセルに入力します。次に、別の一点で、同じことをくり返します。そして、エクセルの座標値データ (行と列(*)) のブロックを選択して、このソフトにコピーします。それから、描画ソフトのメニューにある "Figure" をクリックすれば線描画が画面に現われます。この作業を繰り返して線描を追加・修正していきます。点と点はベジェ曲線等で結ばれますので、なめらかな曲線になります。

ペイントなどのソフトでは、マウスでフリーハンドで線描する場合、修正は消しゴムなどを使います。このソフトでは、各点のデータがエクセルに記録されていますから、その数値を変更することで確実に修正することができるのです。絵を描くのが下手な人でも、座標の数値修正や座標の追加をコツコツと積み重ねれば、きれいに仕上げることができます。エクセルVBAを使えば、位置の変更、拡大縮小、回転、写像なども可能です。下図はそのようにして描いた画面です。あやとりのパターンだけでなく、「手」もこのソフトで描かれています。

[string_fp]で描いた「二段ばしご」

なお、座標データの保存はテキスト・ファイルとなります (個々のデータが<TAB>で区切られたもの)。一方、画像の保存は、Alt+PrtSc キーで、クリップボードにコピーし、画像処理ソフトを用いて、画像ファイルとして保存します。座標の格子柄を除去することもできます。

この作業自体は、たいへん時間がかかります。しかし、描かれた線描は、エクセル・データとして保存されるので、そのデータは ‘部品’ (「パターン」や「手」の部分図) として利用可能となります。現在アップロードされているファイルには、マニュアルだけでなく、実例のエクセル・データ (=部品) もありますので、簡単に試すことができます。

このソフトの弱点は、点の座標値データを、いちいちエクセルに書き込まなくてはならないことです。ソース公開されている表計算ソフト (オープン・オフィス) とこのソフトの機能を一体化すれば、より使いやすい描画ソフトになるのではないでしょうか。

(*) 基本的には、3列のデータ群からなっていますが、第4、5列も使います。第1列目は、さまざまな制御コードの記述です。ただし、A1セルだけは、作品名などのタイトル用です。このセルに記述した文字列はメニューの下のテキストボックスに表示されます。A2以降のセルは、線の太さや色、糸の上下関係、さらには、曲線…を制御します。B、C列が座標データ。D、E列は文字色など表示文字を指定します。
TS

映画『ローレライ』 2005/03/09

読者の方からのメールです。

2005年3月6日日本テレビ系列で「おしゃれカンケイ」を見ていましたら,その日のゲストは柳葉敏郎で、柳葉の出演する3月5日封切映画『ローレライ』(*)の紹介をしました.その中で柳葉敏郎が潜水艦上で「あやとり」の ‘五段はしご’ を作るのをはっきりと写しました.

「おしゃれカンケイ」を見ていて,「あやとり」に興味のある方は「アッ」と思ったかと思います.一寸気づきましたので,メールを発信させてもらいました.

P.S. メールをした後に Web で映画『ローレライ』と「あやとり」について検索してみました.皆さん盛んに「ローレライ」の中の「あやとり」について話しておられます.

3/8 (K.U.)

Uさん、情報をありがとうございました。

この役柄 (艦長補佐・木崎) が「あやとり」をすることは原作 (福井晴敏『終戦のローレライ』) にあるのでしょうか?それとも製作者のアイデアなのでしょうか?柳葉敏郎氏は以前にも、CMであやとりをしていました (映画 ローレライ)。元々あやとりを得意技にしていた氏が、今回独自の演出として取り入れたのかもしれません。ご存知の方は情報をお寄せ下さい。

(*) 映画『ローレライ』の公式サイトはこちらこのサイトは存在しません
TS

〔追記 2005/04/02

『ローレライ』見ました。赤い毛糸で「橋 (四段ばしご)」を作るシーンで館内が和んだ空気に包まれました。そのあと毛糸が道具として使われるのですが、シーンが短く判りづらかったです。ネットにも「あやとりは必要だったのか?」など見逃した人の意見が目立ちます。この点が残念です。

『ローレライ』の関連本(*1)によれば、原作にはないあやとりのシーンは監督と柳葉さんの話し合いの中で木崎が笑うシーンを作るため浮かんだアイデアだそうです。柳葉さんは幼い頃祖母に教わったひとりあやとりを覚えており、自然に演技ができたそうです。また、“マニュアル化されたものではなく手から手へ伝承されていくものが大切、単なる遊びにとどまらず文化だ。自分も娘に教えようと思っている (カミさんがあやとりを知らないので)” と語っています。また台詞のタイミングに合わせてあやとりを作る柳葉さんは凄いと監督は語っています。

(*1) 『ローレライ CHARACTER FILE』ガンダムエース4月号増刊 角川書店 2005
『ローレライ COMPLETE GUIDE』ニュータイプ4月号増刊 角川書店 2005
K.K.

「ニワトリの産卵」 2005/02/20

酉年にちなむ「ニワトリ」の伝承あやとりが見つかりました (十二支のあやとり -4)。それは「ニワトリの産卵」。このあやとりには別の名称があり、そちらの方が広く知られています。それでうっかり見落していました。今回はそのあたりの経緯も含めて紹介します。

「ニワトリの産卵」は、くり返されるパターンの変化を ‘タマゴが次々と生み出される’ さまに見立てた命名です。アフリカ西部のシエラレオネや、南西部のアンゴラ、南アメリカのガイアナなどから報告されています(*1)。糸を左手の親指と人差指に掛けるだけで簡単に作れますから、皆さんも紐を用意してお楽しみ下さい。

  1. 左手人差指に輪を掛け、手のひら側に垂らす。
  2. 向こう側の糸[(1)]を、人差指に一回、時計方向 (指先から見て) に巻きつけ、その糸を人差指と親指の間を通して親指の背に掛ける。
  3. 人差指の上の輪の手前側の糸[(2)]を引き出し、その輪に親指を通す。
  4. 親指の背の下側の糸[(3)]を、上の輪を越えてはずす。
  5. 人差指の下・手前側から垂れている糸[(4)]を取り上げ、人差指と親指の間を通し、親指の背に掛ける。
  6. 右手で垂れ下がる2本の糸を引いたり戻したりすれば、パターンの真中のダイヤが開いたり閉じたりする (左手中指を人差指の背に当て、人差指の二つの輪を指先近くで保持するのがコツ)。引き戻しする度に、タマゴが生み出されます。
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)

このあやとりが、アメリカや日本では、「ハワイのあやとり:ウィンク」として紹介されました(*2)。出典は1920年代の調査報告書(*3)。しかし、カウアイ島だけにしか見られず、現地語の名称も記録されていません。当地に伝播してから日も浅く、ハワイ先住民の伝承あやとりではなかったようです。それはともかく、「ウィンク」もこのあやとりにふさわしい名称と言えましょう。上記の (6) で、左人差指と親指の指先を水平にして手前に向け、右手を手前側から左手に交差するようにして、2本の糸を左方へ引く - Wink!。

ただし、ウィンクは世界共通のボディ・ランゲージではありません。西欧やその影響を受けた社会のみで通用するようです。ですから、この呼び名もその広がりには限界があることになります。「ニワトリの産卵」そして「ウィンク」、いずれにせよ、作る人見る人その場の雰囲気を和ませるエレガントなあやとりであることには変わりありません。

(*1) Smith, C.C.K. (2000) "Some String Figures and Tricks from Sierra Leone and the Gold Coast" Bulletin of the ISFA 7: pp.95-96 "Telo Gbomei - Where a Hen lays its eggs from"
Leakey, M. D., and L. S. B. Leakey (1949) Some String Figures from North-East Angola. Lisbon: Museo do Dundo: pp.11-12 "Mujingo - The Hen's Vent"
Hornell, J. (1930) "String Figures from Sierra Leone, Liberia, and Zanzibar" Journal of the Royal Anthropological Institute 60: pp.85-86 Sierra Leone "Te Lo Bume - the Fowl's Anus"
Roth, W.E. (1924) "String Figures, Tricks, and Puzzles of the Guiana Indians" Washington, D.C, Bureau of American Ethnology, Annual Report 38: pp.546 "Fowl anus"
上記文献の英語名称について:鳥類 (魚類、爬虫類、両生類も) では卵/便・尿は「vent 総排泄口」から産卵/排泄される。「anus 肛門」は誤りと思われます。
(*2) 野口広 (1980)『頭をよくする あやとり遊び』西東社
Elffers, J, and Schuyt, M. (1978) Cat's Cradles and Other String Figures. New York: Penguin
(*3) Dickey, L.A. (1928) "String figures from Hawaii, including some from New Hebrides and Gilbert Islands" Bishop Museum, Bulletin 54: pp.141-142 "Winking Eye"
Ys

平安時代に「あやとり」はあったのか? -2 2005/02/12

〈あやとりは平安朝時代から行はれていた〉説は、それを裏付ける文献証拠がないにもかかわらず、今日でも広く受け入れられているようです。そして、その背景に柳田國男の見解があることを述べました (トピックス 107)。今回はこの説を支えていると思われるもう一つの事情を取り上げます。それは、「綾取り」と「花結び」との混同ということです。

「花結び」は、香道では香木を収める志野袋、茶道では茶碗・茶入れを包む仕服など袋物の緒を美しく結び上げる技芸のことです。今日でも、各地で講習会や教室が開かれるほどの人気ぶり、多くの愛好者がおられるのでしょう。下図は「花結び」の「十二菊」(左) と「蝶とんぼ (雄)」(右) です(*1)

つぎに、伝承あやとり「」と「とんぼ」をご覧下さい (下図)。いずれも、形が出来上がれば、手からひざの上などに移して眺めるあやとりです (トピックス 046)。「花結び」と「綾取り」、その作り方 (結び方/取り方) は全く異なります。しかし、その出来上りの形だけを見れば、この二つを同じものと勘違いする人がいたとしても不思議ではありません。

その「花結び」についての興味深い発言が、結びの研究者額田巌によってなされています。氏は、『枕草子』や『源氏物語』に ‘ひも結び’ に掛けた恋歌のやりとりの話があること;『源平盛衰記』に平清盛の娘が「花結」に秀でていたとの記述のあること;などを列挙して、「平安時代の上流の子女、ことに宮仕えの女性たちにとっては、服飾や調度の飾りとしての花結びは、日常の知識としてわきまえねばならぬものであった」と述べています(*2)

さて、子どもの伝承遊びを紹介したあるビデオには、「あやとりは平安時代の ‘たしなみ’ であった」とのナレーションが入っています (トピックス 037)。この説明は何を根拠としているのでしょうか。「花結び」が平安期の上流子女の身につけるべき技芸 (‘たしなみ’) であったのは史実なのでしょう。しかし、「あやとり」が ‘たしなみ’ であったことを示す証拠は何一つ発見されていません。このあたりに、「綾取り」と「花結び」の混同があるように思われます。さらに言えば、額田の述べているように、当時の「花結」は衣服や調度の飾り結びです。一方、袋物の「花結び」は室町時代以降香道の発展とともに考案されたと言われています。ですから、「綾取り」と見紛う「十二菊」・「蝶とんぼ (雄)」のような「花結び」が平安時代に知られていたかどうかも定かではないのです。

読者の中には、“当時の貴族社会の子女たちは、「花結び」の稽古のかたわら、色あざやかな組みひもで「ふたりあやとり」を楽しんでいた…” と想像される方もおられるかもしれません。しかし、今のところ、それは美しい幻想でしかありません。もし、当時の貴族社会でそのような優雅な遊びがくり広げられていたなら、宮廷女流作家の筆になる随筆、小説、日記にその情景が描かれているのではないでしょうか。むしろ、そのような記述が発見されていないことが逆に、平安時代に「ふたりあやとり」はなかったことを示唆しているとも考えられます。

もちろん、すべての文献・絵画資料を調べ上げて、「ふたりあやとり」や他の「あやとり・トリック」の記述がなかったとしても、それが ‘不在’ の証明にはなりません。たまたま記録されなかった可能性を否定することはできないからです。ことに、平安京からはるか離れた山村・漁村の子どもたちがありあわせの紐で「あやとり」遊びをしていたとしても、それが文字・画像記録に残ることはまずありえないでしょう。

それはともかく、〈平安時代に ‘たしなみ’ として、「あやとり」があった〉説もまた、それを裏付ける証拠は未発見です。ですからこの説も、現時点では、あやとりに興味を持つ人々を惑わせるフィクションと言わざるをえません。本邦における「あやとり」の起源、江戸期以前の歴史はすべて謎に包まれています。今後の調査・研究に期待しましょう。

(*1) このイラストは、次の書の掲載写真 (pp.81, pp.93) よりスケッチしました。橋田正園 (1976) 『飾り結び ひもの舞曲』小林豊子きもの学院出版部
(*2) 額田巌 (1980) 「古典文学と花結び」—『はな結び入門』額田巖、山木薫他 編 淡交社 1980 :pp.29-32
『枕草子』-「八十五段 宮の、五節出ださせたまふに」;『源氏物語』-「宇治十帖 総角」;『源平盛衰記』-「巻二 清盛息女事」。このほか『参考太平記』、『伊勢物語』からも引用紹介している。
Ys

〔追記 2005/02/12

花結びのテキストには次のようなものがあります。

紹介されている花結びは、前者では、「梅」、「桔梗 (ききょう)」、「桜」、「楓 (かえで)」、「杜若 (かきつばた)」、「藤」などなど。後者では、そのほか、「花遊蝶」、「立鶴」、「蝉」、「唐草」、「亀」、「飛鶴」、「左卍」、「酢漿草 (かたばみ)」、「鮑 (あわび)」、「月の兎」などなど。作品はもちろんのこと、名前の文字を眺めてみるだけでも楽しくなります。そして、さらに出来上がりのパターンや結び目の扱いなど、あやとりへのイマジネーションが刺激されます。

TS

あやとりの季節 2005/02/05

おかげさまで、1月27日に当サイトヘのアクセス数が大台に到達しました。日頃ご覧いただいている皆さまありがとうございます。今回の話題は、そのアクセス数の推移にも表れている ‘あやとりの季節’ について。

筆者が小学生の頃 -1960年代- は、毎年冬になると「あやとり」がちょっと流行ったものです。当時はブランド子供服などは影も形もなく、その季節は手編みのセーターを着ていました。晩秋になれば、家の者が毛糸を買ってきて、セーター編みを始めます。子どもたちは、その毛糸玉を見て「あやとり」を思い出し、残り糸を貰って学校へ行ったのです。女の子は「ふたりあやとり」を、男の子はそれにちょっかいを出したり、「指抜き」などのトリックや「四段以外のはしご」を工夫したりしていました。

〈綾取り遊びのきっかけは毛糸との出会いにある〉、これは私たちだけに限らず、広く共通のことであったのではないでしょうか。ここで「サザエさん」の新聞連載作品 (1951年) から一つ、言葉だけの説明ですが:

ワカメちゃんの「あやとり」の相手をさせられているのがマスオさん。くわえタバコでいやいやながらのお付き合い;そこへとなりの部屋からサザエさんのマスオさんを呼ぶ声が;「おねーさんが呼んでいるから」と、うれしそうにその場を去るマスオさん、残念そうなワカメちゃん;で4コマ目、マスオさんは再び ‘糸の輪’ を両の手に掛けうんざり顔…。その ‘糸の輪’ は毛糸の束、サザエさんは買ってきた毛糸を玉に巻きなおす作業の手伝いにマスオさんを呼んだのでした(*1)

〈大人が家で編み物をする季節になると、子どもは綾取りを始める〉という当時のありふれた家庭生活のひとこま、それがこの作品の背景にあります。

さて、50~60年代はそうであったとして、近年はどうなっているのでしょうか?《知恵の糸》の千縁さんに聞いてみました。以下はそのお返事:

小6のときにあやとりブームがあったような気がします。ちょうど小6頃は女の子が編み物を一人でできるぐらいの歳ですよね。私もその頃にメリヤス編みや裏編みを覚えたと思います。でもやっぱり飽きてしまって最後まで編めずにあやとりをしていたような気がします。編み物ができる子は編み物して、できない子はあやとりをするって感じかな。毛糸が出てくる季節=あやとりだと思います。男の子も混じってふたりあやとりをするという記憶はありませんが、首ぬき、コインぬき、指ぬきのようなことはたくさんしてました(*2)

このように、90年代も「毛糸が出てくる季節」と「あやとり」は結びついていました。再びメールから:

といっても私の小学校高学年の頃には手編みのマフラーやバレンタインという風習ができあがっていたからこそマフラーが編めるようになったと思います。家族や自分のためにマフラーやセーターを編むというのは私の頃にはもうなかったと思います。「毛糸の出てくる季節=あやとり」といっても何の為に毛糸が出てくるのかは昭和と平成では異なると思いますよ。

右のグラフは2002年秋以降の週間アクセス数の推移を表しています。グラフの横軸目盛は週単位、縦軸はアクセス回数。そのアクセス数の増減には周期性が見られます:秋から上昇、今この時期にピークを迎え、以降減少、夏に底を打つ(*3)。このように、その推移は〈「あやとり」は冬の遊びである〉という私たちの季節感をそのまま反映していると言えましょう。

ところで、一昨年暑い季節にあやとり教室が開かれていました (トピックス 069)。真冬にアイス製品の売れるこの時代、別に不思議ではないのかもしれません。しかし、空調設備の整った室内であやとりを習うのはいいでしょうが、一歩外に出れば、手にも汗する日本の夏。とてもやってはいられません。〈綾取りは冬の遊び〉という季節感は失われていくのでしょうか。それとも、聖バレンタインの日に備えて編み物を始める女の子たちによって、変わることなく受け継がれていくのでしょうか。今後のアクセス数の推移を興味深く見守りたいと思います。

(*1) 長谷川町子 (1951) 『漫画 サザエさん』第10巻、姉妹社:pp.51
(*2) 「綾取り」との出会いについては、人それぞれに思い出があることと思います。貴方の「あやとり話」をお聞かせ下さい。当サイトへのメールは、発信者に事前に了解を得ることなく公開することはありません。《知恵の糸》BBSへもどうぞ。
(*3) 年末・年始の落ち込みの要因としては、学校の冬休み、帰省、旅行など生活パターンの変化が考えられます。
Ys

映画『たそがれ清兵衛』 2005/01/29

読者の方からのメールです。

映画『たそがれ清兵衛』では、前半の終わりのほうで、主人公の侍の幼い娘があやとりで何かを作り、姉に尋ねられて、「ほうき」と答えていました。その後も少し一人で遊んでいました (画面ではよく見えませんが)。

01/22 (M)

Mさん情報ありがとうございます。見たかった映画でしたので、早々と確認しました。(冒頭から53分頃)、縁側に清兵衛がいて、その背景の囲炉裏の近くでの二人の娘のやりとりです。姉が囲炉裏にかけた鍋で料理しているところへ、妹があやとりで何かを作り、「できた」と言って姉に見せます。「何それ」と、姉に尋ねられて、「ほうき」と答えています。その後の場面は、おっしゃる通り、はっきりとはわかりませんでした。

さて、以下はへそ曲がりの見方です:この時代に「あやとり」があっても不思議はありません。しかし、山形・庄内で「ほうき」という言葉はどうなのか?と思ってしまいます。また、「ほうき」を見せるのに、両手を同じように広げているのが気になりました。エンディングのスタッフ紹介に、方言指導や時代考証の担当者の名前がでてきますが、「あやとり」までは気が回らなかったようです。

TS

あやとりの英語授業 2005/01/22

NHK教育TV『いまから出直し英語塾』テキストのコラム(*1)で、あやとりの洋書絵本(*2)が紹介されています。執筆者によれば、「外国人向けの英語教室で、本書を教材に使っている米国人教師もいるそうだ」とのこと。このコラムを読んで、10年以上前に掲載された新聞の投書を思い出しました。切り抜きが見つかりましたので少し紹介します(*3)

投稿者は40代の女性M.S.さん。———高校3年の息子さんが、英語の教科書をMさんの前へ投げ出し「お母さん、教えてよ」。何かと思えば、そのページにはあやとりの写真と英語の取り方が載っていて、そのあやとりを作るのが宿題なのでした。で、両手に糸をかけ、息子さんとヤイヤイ言い合いながら教えました———という話。原文は関西ノリの軽妙な文章で書かれていて、最後には「ごっつい兄ちゃんがあやとりなんかして、翌日の教室はさぞやおかしかったろう」というオチまで付いています。

その教科書に載っていたあやとりは、「森」と「カヌー」。どちらも私たちの伝承あやとりとしてもおなじみの「ほうき」(*4)と「さかずき」のことです。このお母さんは「さかずき」から「エプロン」—「電球」、「はしご」から「東京タワー」と思い出すままに作って見せたそうです。

  1. Opening Am. (中指の構え:両手親指と小指を輪に通し、中指でもう一方の手のひらの糸を取る(*5))
  2. Pass thumbs into middle finger loop from above, return with middle finger far string).(親指を中指の輪に上から入れ、中指向こう側の糸を取る)
  3. Release lower thumb loop over upper loop. (親指の下側の輪を、上の輪を越して外す)
  4. Release little finger loop, extend the figure pointing finger tips inwards. (小指の輪を外し、指先を手前側に向けてパターンを広げる)

これは「さかずき」の取り方の記述例 (洋書絵本、教科書記載とは異なります)。このような記述文は基本的な単語だけで書かれています。糸、輪、「手指」の名称、「右・左・上・下・手前・向こう (の、から、へ)」などの空間位置関係や、「はじめに、続けて、同時に」などの時間関係の表現、そして、「通す、取る、戻す、外す、広げる」などの動詞。文章は主語の You を略した現在形で記述されていますから、動詞の活用なども無視できます。極北圏のあやとりのような複雑な取り方であれば、記述文も長く難しくなりますが、両手で同じ取り方をする簡単なあやとりの場合はそれほど面倒ではありません。上記の絵本は「動作」の英語表現の教材として利用されているのでしょう。

ところで、小学校での英語学習ではゲームを取り入れたり様々な工夫が試みられているようです。「あやとり」も楽しみながら英語に親しませる教材として使えないでしょうか。手指の英語名称を覚えさせるだけでも十分だと思いますが…。

(*1) 宮崎江美 (2004) 「昔懐かしいあや取りを英語でしてみるのもまた一興」—『More Readers' Guide』:『いまから出直し英語塾 12月号』大杉正明、NHK出版:pp.82
(*2) Anne Akers Johnson. Illustrated by Sara Boore. (1993) "Cat's Cradle" Klutz Press, USA
英文書評は BISFA vol.3 (1996) にあります。
(*3) 「あやとりが宿題だって」:毎日新聞 (関西版) 1990/08/12 朝刊
(*4) この投書では、「ほうき」ではなく、「がんじき (熊手)」となっています。一昔前には地方によっていろいろな名称があったことが、1970~80年代の調査で明らかになりました。
(*5) 始めの入り方は記述が難しいので、「人差指/中指の構え」、「ナバホの構え」などの用語で記述されます。
Ys

ディアボロと「猫の顔」 2005/01/15

昨年の夏、北京に滞在中に独楽 (コマ) の技を見る機会がありました。最初は、頤和園に行った時に見かけました。園内の道端で、おじさんが一人で練習しています (右)。独楽を落としては拾い上げ、何度も一生懸命に続けていました。

紐一本で空中で独楽を操るのは、肥後の「ちょんかけごま」を連想させます。しかし、ちょんかけ独楽ではスティックを使いません。また、写真を拡大して独楽を見ると、芯棒の構造がかなり複雑になっています。このような曲独楽は初めて見ましたが、日本にもあるのでしょうか。

二度目は、大衆演劇場の「老舎茶館」で見ました (左)。これは中国独楽=ディアボロです。さまざまな演目 (京劇のさわり、声帯模写、歌、楽器演奏、マジック、足芸、川劇での仮面の早変わり…) の一つとして、二人で演じていました。端を紐に結びつけられた2本の棒 (スティック) をそれぞれ左右の手に持ち、お椀を二つ背中合わせにくっつけたコマを空中で巧みに操ります。二人が同時に同じ技を見せたり、独楽を互いにやりとりしたりなど、10分間ほどスピーディーに演じていました。この夜の客席は満員。食事をしながら、演芸・雑技を楽しむことができました。

このディアボロは、日本では「輪鼓りゅうご」と呼ばれ、昔から太神楽などで演じられています。近年には ‘おもちゃ’ として発売され人気を呼び、次々と新しい技が編み出され競技のようになってきているそうです(*1)。その技の一つが「キャッツクレイドル」。ぴんと張られた糸を二重にして、ここで独楽を受けるものです。デイアボロを猫の顔に、スティックを猫のひげに見立てています。「キャットフェイス」ではなく「キャッツクレイドル」と呼ばれるのは、やはり、‘糸’ を使っているところから「あやとり cat's cradle」を連想させるのでしょうか。

ところで、福島県には「猫」という名称の伝承あやとりがあります (左)。これは、「さかずき/まくら → 」の続きとして作られます(*2)。大きな目、ピンとひげをたてた猫の顔に見えますか。

(*1) ディアリズム DIARHYTHMリンク先には見つかりません
(*2) 美田真理子 (1979)「猫」:"あやとりニュース2号" (ISFAの前身、日本あやとり協会時代のニュースレター)
TS

十二支のあやとり -4 2005/01/01

新年おめでとうございます。

今年は「とり」年。「鳥」のあやとりは、世界各地から数多く報告されています。中でも極北圏の「さえずる白鳥」、「カモメ」、「つがいの雷鳥」などは傑作と言えましょう。また、"天国に一番近い島" として知られるウベア島 (ニューカレドニア本島の東方) には、「つがいの鳥」—「鳥の卵」—「鳥の群れ」と続くあやとりがあります。その一連のパターンはパプア・ニューギニアの「天の川」と、見かけ上は同じですが、取り方は異なります(*)

趣の変わったところでは、立体的な「鳥の巣」、扉の開閉できる「鳩小屋」などもあります。

さて、干支「酉」はニワトリですが、世界の伝承あやとりには見当たりません。ここでは、ISFA会員 J.Keanさんの創作「二羽の鶏」を紹介しましょう。雄鶏が向かい合っているように見えるでしょうか。

今年も、あやとりについての様々な情報を発信したいと思っています。あやとり愛好家の皆様のご支援をよろしくお願いいたします。

(*) 「天の川」と「鳥の群れ」の取り方には、故江口雅彦氏 (当時慶大物理学教授) が発見した面白い関係性があります。
Masahiko Eguchi and Tetsuo Sato (1996) On the Relationship Between the String Figure Series "Milky Way" and "A Flock of Birds" BISFA Vol.3: 83-88
TS & Ys