あやとり用の糸は、単純な〇型の輪になったものを用います。糸は、比較的滑りが良く、腰のある組紐などがよいでしょう。毛糸はあまりよくありません。始めから輪になったあやとり用の糸も市販されていますが、自作する場合は適当な長さに切って両端を結びます。結び方は簡単でほどけにくい「相引き結び・テグス結び(Fisherman's Knot)」が適しています。
糸を結ぶときは、縒りがなくなるように注意してください。縒りがあると糸がねじれて取りにくく、できあがりも美しくありません。結び目がない方ができあがりも美しいので、可能ならば、両端を縫い合わせたり、アクリルなど熱で溶ける素材のときは溶かして接着するとよいでしょう。わたしは、レーヨンや絹の組紐を縫い合わせ、接着剤で細かいけばを固めて作っています。
糸の長さは取るあやとりにもよりますが、両手を広げた長さ(1尋(ひろ))の糸を輪にしたものが標準的です。また、糸の太さ、硬さ、滑り具合などもできあがりに影響します。どういった糸が適しているのかは取るあやとりによります。これらの異なる糸を何本か用意しておき、使い分けるのがよいでしょう。
あやとりの取り方を、ここでは自然な日本語の文章で解説しています。最初に基本的な用語の説明をし、その後で定型処理を解説します。(手のイラストはISFAからの引用)
手などの各部位は「親指」「人差指」「中指」「薬指」「小指」「掌」「甲」「手首」などです。指の爪側を「背」、指紋側を「腹」とも言います。手だけでなく、足を使ったり口でくわえたりすることもあります。
指にかかっている糸は次のように名付けられています。「手前」は自分に近い方向、「向こう」は自分から遠い方向です。
糸を「取る」というのは、ある指に糸をかける操作です。この操作にはいろいろな方法があります。もっともよくあるのは、ある指をある糸の下に入れて持ち上げて指を元の位置に戻す取り方です。特に断りがない限り、途中にある糸の上を指が通過します。左右の別がないものは両手で同じ操作をします。以下にいくつか例を示します。
- 右人差指で左掌の糸を(上から)向こうへひねって取る
- 左親指で(上から)小指手前の糸を取る — 下図左
- 右親指で下から(人差指の糸の下を通し)小指手前の糸を取る — 下図右
- 左親指で人差指手前の糸を(上から手前へ)ひねって取る — 下図左
- 右中指で人差指手前の糸を(上から向こうへ)ひねって取る — 下図右
糸を取った後、手を左右に引いて手の間の糸を強く張らないで、ゆったり取ることがよくあります。糸を張ってしまうと、次に取るべき糸がなくなってしまったり、わからなくなってしまうことがあるのです。無意識に張らないように注意してください。
多くのあやとりでは、ある指に複数の糸がかかるとき、糸の上下は注意深く維持する必要があります。通常、後から取った糸は、元の糸の上(指先)側に保ちます。日本の伝承あやとりには、このように上下を意識しなければならないものはほとんどありません。
糸を「外す」というのは、文字通りある指にかかっている糸を指から外します。指に複数の糸がかかっているとき、一部の糸だけを外すこともあります。
- 親指の糸を外す(ISFAではすべての糸を外すときは下図右のように■で図示しています)
糸を「移す」というのは、ある指の糸(輪)をそのまま別の指に平行移動させることです。例えば人差指の糸を親指に移す操作は次の手順と同じです。
- 親指で人差指手前の糸を取る。
- 人差指の糸を外す。
平行移動でなく裏返して移すこともあります。これは「上から移す」と言うのですが、ここではこの用語は採用していません。例えば次のような手順で行ないます。
- 親指で人差指向こうの糸を取る。
- 人差指の糸を外す。
糸を「押さえる」操作は、ある指である糸を上から掌などに押さえ、指をそのままにします。指は下を向いています。
ある指の輪などを回転させることがあります。1回転は指から糸を外さずに行なうことができます。難しいようなら外して回転させてからかけ直します。半回転は一旦別の指に移せば指から外さずにできますが、たいていは指から外して行ないます。
- 左人差指の輪を向こうへ1回転ひねる — 下図左
- 右人差指の輪を手前へ1回転ひねる — 下図右
この他にもいろいろな取り方があります。実際にあやとりを取ってみて体得してください。
始めの構え(Position 1)
W. H. R. Rivers 氏と A. C. Haddon 氏が
“A Method of Recording String Figures and Tricks : 1902” [4]
で定義しました。
- 左右の親指と小指に糸をひねらずにかける。
人差指の構え(Opening A)
W. H. R. Rivers 氏と A. C. Haddon 氏が
“A Method of Recording String Figures and Tricks : 1902” [4]
で定義しました。右から取るか左から取るかは重要です。逆に取ると完成しないあやとりは多数存在します。
- 始めの構え。
- 右人差指で左掌の糸を取る。
- 左人差指で右人差指の輪の中から右掌の糸を取る。
逆人差指の構え(Opening B)
W. H. R. Rivers 氏と A. C. Haddon 氏は “Opening A” は定義しましたが “Opening B” などは定義しませんでした。そのため、その後多くの人が “Opening B” や “Opening C” などを定義しましたが、統一性がなく定着しませんでした。
左から取る “Opening A” は W. W. R. Ball 氏が
“Mathematical Recreations and Essays : 1911” [15]
で定義しました。
ISFAではこの定義を採用しています [142-13]。
- 始めの構え。
- 左人差指で右掌の糸を取る。
- 右人差指で左人差指の輪の中から左掌の糸を取る。
中指の構え
野口廣氏が
“あやとり : 1973” [90]
で「日本の構え」と紹介しました。BSFA の英語版で
“Japanese Opening”、“Opening J” や “Opening JA”
と訳され、それが広まりました。しかし、日本のあやとりでは “Opening A” が使われないような誤解を与えるため、“Opening J” などはあまり使われなくなりましたが、それに代わる英語名は定義されていません。
日本では、このように左右の指で反対の手の糸を取り合う操作を「アヤに取る」と言います [117][143]。
- 始めの構え。
- 右中指で左掌の糸を取る。
- 左中指で右中指の輪の中から右掌の糸を取る。
ナバホの構え(Navajo Opening)
W. W. R. Ball 氏が
“Mathematical Recreations and Essays : 1911”
[15]
で「
稲妻」の開始処理として定義しました。
- 右の糸が上になるように小さい輪を作る。手前に大きな輪が垂れている。
- 人差指を向こうから小さな輪の中に入れ、親指を大きな輪へ入れ、指を向こうから上へ向け、糸を左右に引く。
マレーの構え(Murray Opening)
W. W. R. Ball 氏が
“String Figures 2nd ed. : 1921”
[32]
で「
小さな魚」の開始処理として定義しました。
- 左人差指に糸をかける。
- 左人差指を向こうから下に回して人差指向こうの糸を絡め取る。
- 右人差指を左人差指腹の糸の根元に下から入れ、糸を左右に引く。
イヌイットの構えB(Inuit Opening B)
D. Jenness 氏が
“Eskimo String Figures : 1924” [34]
で定義しました。
- 始めの構え。
- 右人差指で左掌の糸を上から向こうへひねって取る。
- 左人差指で左小指手前の糸を取る。
- 小指の糸を外す。
イヌイットの構えC(Inuit Opening C)
D. Jenness 氏が
“Eskimo String Figures : 1924” [34]
で定義しました。
- 親指と人差指に糸をかける。
- 小指の背で下から親指手前の糸を取り、人差指向こうの糸を腹で押さえる。
イヌイットの構えD(Inuit Opening D)
G. Mary-Rousselière 氏が
“Les Jeux de Ficelle des Arviligjuarmiut : 1969”
[83]
で定義しました。そこでは指使いがここでの定義と左右逆です。“String Figure Magazine Vol.1, Dec : 1996”
[141-1-4]
で「
耳の大きな犬」を紹介するとき、読者の便宜を図って複雑な操作を右手でするように左右対称に紹介され、それが普及しました。
- 親指に糸をかける。向こう側の糸は垂らしておく。
- 人差指で上から手前向こうへとひねって親指手前の糸を取る。
- 左親指で右親指から人差指へかかる糸を取る。
- 右親指で左親指下の糸を取り、左右に引く。
クワクワカワクの構えB(Kwakwaka'wakw Opening B)
J. Averkieva 氏が
“Kwakiutl String Figures : 1992” [120]
で定義しました。イヌイットの構えB と同じ構えです。
- 左親指と左人差指、右親指に糸をかける。
- 右人差指で左親指から左人差指への糸を上から向こうへひねって取る。
ハワイの構えB(Hawaii Opening B)
ハワイのあやとりによく使われるので、便宜的に定義しました。
クワクワカワクの構えB と左右対称です。
- 左親指、右親指と右人差指に糸をかける。
- 左人差指で右親指から右人差指への糸を上から向こうへひねって取る。
ガイアナの構え2A(Guyana Opening 2A)
W. E. Roth 氏が
“String Figures, Tricks, and Puzzles of the Guiana Indians : 1924” [36]
で定義しました。
- 手首に糸をかける。
- 人差指で手首手前の糸を向こうから、中指で手首向こうの糸を手前からそれぞれ取る。
ガイアナの構え2B(Guyana Opening 2B)
W. E. Roth 氏が
“String Figures, Tricks, and Puzzles of the Guiana Indians : 1924” [36]
で定義しました。
- 手首に糸をかける。
- 人差指で手首手前の糸を手前から、中指で手首向こうの糸を向こうからそれぞれ取る。
ガイアナの構え4B(Guyana Opening 4B)
W. E. Roth 氏が
“String Figures, Tricks, and Puzzles of the Guiana Indians : 1924” [36]
で定義しました。
- 左人差指と左中指で糸を挟み、甲側に小さな輪を作る。
- 輪を掌側に持って来て左人差指と左中指にかける。
- 糸をひねらないように注意して右手で同様にする。
イースター島の構え2(Easter Island 2-loop Opening)
M. Sherman 氏が
“Evolution of the Easter Island String Figure Repertoire : 1993” [139-19]
で定義した O.2 です。
- 人差指の構え。
- 親指の糸を外す。
イースター島の構え3(Easter Island 3-loop Opening)
M. Sherman 氏が
“Evolution of the Easter Island String Figure Repertoire : 1993” [139-19]
で定義した O.3 です。
- 中指の構え。
- 親指の糸を人差指に移す。
イースター島の構え4(Easter Island 4-loop Opening)
M. Sherman 氏が
“Evolution of the Easter Island String Figure Repertoire : 1993” [139-19]
で定義した O.4 です。
- 薬指の構え。(始めの構えから薬指で掌の糸を取り合う)
- 親指の糸を中指に移す。
- 右人差指を上から中指の輪の中に入れ、中指手前の糸を手前へひねって取る。
- 左人差指で右人差指腹の糸を取る。
ナウルの構え1(Nauru Opening 1)
H. C. Maude 氏が
“The String Figures of Nauru Island : 1971” [86]
で定義しました。
- 人差指の構え。
- 人差指の糸を中指に移す。(中指の構えと同じ)
- 親指の糸を人差指に移す。
- 左親指背で上から右人差手前の糸を取る。
- 右親指で左親指手前の糸を根元で取る。
ナウルの構え2(Nauru Opening 2)
H. C. Maude 氏が
“The String Figures of Nauru Island : 1971” [86]
で定義しました。
- 人差指の構え。
- 薬指で人差指向こうの糸を取る。
- 右中指で左中指腹の糸を取る。
- 左中指で右中指腹の糸を右中指の輪の間から取る。
ナウルの構え3(Nauru Opening 3)
H. C. Maude 氏の
“The String Figures of Nauru Island : 1971” [86]
などには定義されていませんが、便宜的に追加しました。ナウルの構え2 と糸のかかり方が異なります。
- 人差指の構え。
- 人差指の糸を薬指に移す。(薬指の構えと同じ)
- 中指で親指向こうの糸を取る。
- 右人差指で左人差指腹の糸を取る。
- 左人差指で右人差指腹の糸を右人差指の輪の間から取る。
∀の構え(Opening ∀)
J. Ornstein 氏が BISFA 9
[142-9] で発表しました。「
ハートネット」などで応用されます。
- 人差指と小指に糸をかける。
- 右親指で人差指手前の糸の下から左掌の糸を上から手前へひねって取る。
- 左親指を右親指の輪の中に上から入れ、人差指手前の糸の下から右掌の糸を上から手前へひねって取る。
返し取り
さいとうたま氏が “あやとりいととり 2 : 1982” [113-2] で定義したのが最初だと思われます。日本独特の用語で、対応する英語名はありません。
- 親指以外の指を親指の輪の中に上から入れ、親指手前の糸を取り親指の糸を外す。
ナバホ取り(Navajo)
C. F. Jayne 氏の
“String Figures : 1906” [12]
に “Navaho movement”、“Navahoed” が出て来ます。そこには “following Dr. Haddon” とあるのですが、これ以前の A. C. Haddon 氏の文献には見当たりません。口頭などで直接伝えたのでしょう。
- 指にかかっている複数の糸のうち、下の糸を上の糸を越えて指から外す。
逆ナバホ取り(Reverse Navajo)
S. Newkirk 氏が
“String Fling — a collection of engineered string figures : 1998” [142-5]
で定義したのが最初だと思われます。
- 指にかかっている複数の糸のうち、下の糸を上の糸の中から引き出し、上の糸を外して引き出した糸を指に戻す。
二重ナバホ取り(Double Navajo)
神谷和男氏が
“Double Navaho String Figures : 2000” [142-7]
で定義したのが最初だと思われます。
- 指にかかっている複数の糸のうち、下の糸を上の糸を越えて上に移動する。
- ナバホ取りする。
右カティルク(Right Katilluik)
D. Jenness 氏が
“Eskimo String Figures : 1924” [34]
で定義しました。“Katilluik” とは、カナダ北部のイヌイットの現地語で「2つのものを合わせる」という意味です。
- 右親指で下から左親指手前の糸を取る。
- 左親指で下から右親指手前の2本の糸を取る。
- 親指で人差指手前の糸を取る。
- 親指で2本の糸をナバホ取りする。
- 人差指の糸を外す。
左カティルク(Left Katilluik)
D. Jenness 氏が
“Eskimo String Figures : 1924” [34]
で定義しました。
- 左親指で下から右親指手前の糸を取る。
- 右親指で下から左親指手前の2本の糸を取る。
- 親指で人差指手前の糸を取る。
- 親指で2本の糸をナバホ取りする。
- 人差指の糸を外す。
ポポ(Popo)
O. Blixen 氏の
“Figuras de Hilo Tradicionales de la Isla de Pascua : 1979” [101]
に登場するラパヌイの用語です。
- 親指で人差指手前の糸を人差指の近くで取る。
- 右手で左親指下の輪を上の輪を越えて取り上げて外し(ナバホ取り)、その輪を左中指腹で左中指の輪の中で指元に押さえる。
- 左手で右手に対して同様に行なう。
ハカヒチ(Hakahiti)
O. Blixen 氏の
“Figuras de Hilo Tradicionales de la Isla de Pascua : 1979” [101]
に登場するラパヌイの用語です。ポポに続けて取られます。
- 小指の糸を外し、中指を向こうから上へ回して展開する。
ナウルの太陽(Double Wall Diamond (DWD))
J. D'Antoni 氏が
“Variations on Nauru Island Figures : 1994” [142-1]
で定義しました。
- 親指で上から人差指向こうの糸(などの指定された糸)を取る。
- 人差指で親指向こうの糸を取り、親指の糸を外す。
- 親指を上から人差指下の輪の中に入れ、小指向こうの糸を取り、小指の糸を外す。
- 小指で上から人差指手前上の糸を取り、その糸を人差指から外す。(ナウルでは、人差指上の糸を親指に移してから小指で親指手前の糸を取る)
ナウルのループ処理(Nauru Loop Move)
J. D'Antoni 氏が
“Variations on Nauru Island Figures : 1994” [142-1]
で定義しました。
- ナウルの太陽。
- 親指で上から人差指向こうの糸(などの指定された糸)を取る。
- 人差指で親指向こうの糸を取り、親指の糸を外す。
- 親指を上から人差指下の輪の中に入れ、小指向こうの糸を取り、小指の糸を外す。
- 小指で上から人差指手前上の糸を取り、その糸を人差指から外す。(ナウルでは、人差指上の糸を親指に移してから小指で親指手前の糸を取る)
- 人差指の糸を外す。
- 人差指で小指向こうの糸にかかる輪を取る。
ティコピア織り1(Tikopia Weaving 1)
R. Firth 氏の
“Tikopia String Figures : 1970” [84]
では、ティコピア島の多くの用語を紹介しています。ひとつひとつは短い手順のものが多いので、ここではいくつかの連続をまとめています。
tao sokotasi →
ta sokotasi →
fakamau →
furifuri ifo
- 親指腹で人差指手前の糸を押さえる。
- 人差指で向こうから人差指向こうの糸を引っかけ、人差指の輪の中から親指手前の糸を上から向こうへひねって取る。
- 親指の糸を外す。
- 親指を上から人差指下の輪の中に入れ、小指向こうの糸を取り、小指の糸を外す。
- 小指で上から人差指手前上の糸を取り、その糸を人差指から外す。
ティコピア織り2(Tikopia Weaving 2)
tao sokotasi →
ta e rua →
kape aka →
furifuri ifo
- 親指腹で人差指手前の糸を押さえる。
- 人差指を上から小指の輪の中に入れ、人差指の輪の中から親指手前の糸を上から向こうへひねって取る。
- 親指で小指向こうの糸を取り、小指の糸を外す。
- 小指で上から人差指手前上の糸を取り、その糸を人差指から外す。
ティコピア織り3(Tikopia Weaving 3)
tao sokotasi →
ta e toru →
fakamau →
furifuri ifo
- 親指腹で人差指手前の糸を押さえる。
- 人差指で向こうから小指の輪と人差指向こうの3本の糸を引っかけ、人差指の輪の中から親指手前の糸を上から向こうへひねって取る。
- 親指の糸を外す。
- 親指を上から人差指下の輪の中に入れ、小指向こうの糸を取り、小指の糸を外す。
- 小指で上から人差指手前上の糸を取り、その糸を人差指から外す。
ティコピア織り4(Tikopia Weaving 4)
tao e rua →
ta sokotasi →
fakamau →
furifuri ifo
- 親指腹で人差指の輪(2本の糸)を押さえる。
- 人差指を上から小指の輪の中に入れ、親指手前の糸を上から向こうへひねって取る。
- 親指の糸を外す。
- 親指を上から人差指下の輪の中に入れ、小指向こうの糸を取り、小指の糸を外す。
- 小指で上から人差指手前上の糸を取り、その糸を人差指から外す。